星空でワルツ



ほら星がきれいだよリザちゃんとお得意の甘い笑顔で言われたが、きれいに無視した。
立ち止まって夜空を指差している上官をさーっと追い越して歩く。
あの人に星を愛でる趣味なんてあったかしら、ああほかのご婦人には星の蘊蓄を垂れるかも、ならほかの人にどうぞ。
今日に限ってどうして女性扱いするのよとイライラしながら帰路を急ぐ。
深夜の街灯の少ない道路で、ブーツがかつかつとコンクリートをうつ音が自分でたてているものなのにすごく耳障り。
なんて私はかわいくない女なんだろう。
こんなの八つ当たりだ。
彼はプライベートではいつだって恥ずかしいくらい私を女扱いするじゃない。
こんな私を見せるのはいや。
やっぱり今日は家に行きたいという彼の申し出を断るべきだった。
「つれないなあリザちゃんは」
私に追い付いた彼は、私の手を握って満足げに笑う。
大きな手。男の人の手だ。
その中にすっぽりおさまる私の手は女のもの。
「星がきれいだから見てごらん」
ほらと促されて夜空を見上げる。
きらきら輝く星たちはきれい、きれいなものをきれいと思えない私は醜い。
小さなことをいつまでもしつこく気にしていたらとても彼の副官は務まらない、しっかりしなさい。
そう自分を叱ってみても、弱いところを攻撃された心はまだくよくよして立ち直らない。こんな私が大嫌い。
「ホークアイ少尉は私の自慢の副官だよ。自慢するととられちゃいそうだからあまり言わないけどね」
突然の言葉に驚いて、うつむいていた顔をぱっと上げる。
彼は相変わらず優しい顔で微笑んでいた。
「銃の腕は文句なし、書類処理も完璧、お茶を出すタイミングまでばっちりだ」
それに上官を銃でしつけようとする部下は前代未聞、男顔負けの勇敢さだね怖いからやめてほしいけどと彼は細々と付け加える。
「女性であることは軍の中では不利に働くことも多い。見下したり、何を勘違いしているのか変な目で見てきたり最低なやつがいるからね」
この人は私の心の中を覗けるのかしら。
思わず足を止めてあるはずもないことを考え始める私に合わせて、彼も歩くのを止める。
「でも少尉、女性だからと引け目に感じることはない。君は君、代えのきかない最高の私の副官だよ」
いつの間にか腰に手を回され、もう片手の手には頬をなでられていた。
いつもながらあきれるほどに素早いひと。
辺りに人の気配がないことをさっと確認したあとに目を閉じると、触れるだけのキスをされた。
「個人的なことを言わせてもらえば、君が女性でよかったと心から思うよ。男だったらこうして手も繋げないしキスもできないだろう?」
意外とたくましい肩口にこつんと額をつける。
柄にもなく、深夜とはいえ誰かが通ってもおかしくない道端で。
「それに結婚もできないしね」
口に出さず、こくりと頷いて返事をする。
何かを口にすれば泣いてしまいそうだった。
この人はいつも私の心に芽生えた刺を優しい手つきで摘んでくれる。
彼は大丈夫だよと言ってふらふらしている私の腕を掴んで安心させてくれる唯一のひと。
彼の部下でよかった。
それから、彼が男で私が女でよかった。
彼の腕におさまりながら、この温かさを知れたことをひっそり喜ぶ。
「さて、そろそろ白状してもらおうかな。誰が私の可愛い副官殿に意地悪したんだい?」
もういいんです。
腕の中で首をふると、彼はむっとしたようだった。
「君は優秀だけどね、上司を頼らないところがいけないな。ま、だいたい目星はついているんだけどね。三倍返しにしてやるから任せなさい」
「だめですそんなこと!」
何を考えているんだこの上司は。
最近現場に出ず書類処理ばかりしていてストレスがたまっているに違いないから本気でやりかねない。
ばっと顔をあげてやめてくださいよときつく睨むと、見上げた先の彼は嬉しそうに笑っていた。
「うん、いつもの調子に戻ったね」
「え?」
「できれば笑った顔も見たいな」
あなたって人は本当にすごいひと。
私の扱い方を私以上に知っていて、いつも気付けば彼に手を引かれている。
「やっぱり笑った顔が一番だよ」
彼の言葉で泣かずにうまく笑えたことを知る。
「で、リザちゃん。やっぱり仕返ししちゃだめ?なんなら五倍返しにするよ」
「余計だめです」
なかなか言うことを聞きそうもない上官に釘をさしておこうと、手に持った銃をちらつかせる。
「やったら、分かっていますよね?」
「……君、いつの間に取り出したんだ。それより切り替え早すぎないか」
「誰が切り替えさせたんですか。さ、はやく帰りましょう。風邪ひいちゃいます」
さっきは私の胸を頼ってきたのにーと嘆く上官を引きずって、家までの道のりを再び歩き出す。
「ほら中佐、星がきれいですよ」
「それさっきの私のセリフじゃないか」
星空の下、深夜に似つかわしくない大きな声で私たちは笑った。








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