「よくもそんな甘いものが食べれるね」 真っ白なクリームが乗っかったふわふわのスポンジをフォークで突き刺し、次から次へと口に運ぶ様子につい感心する。 一口食べただけでごちそうさまと言いたくなるような甘いかたまりを完食できるのはすごい。 今度は苺に狙いを定め、ぶすりと4本の細い銀の歯を貫通させた彼女がふと顔をあげる。 自分の家でケーキを食べているときですら姿勢をぴしっと正して椅子に座る彼女にじっと見つめられると、私まで思わず背筋を伸ばしてしまう。 予言しよう。これからよくないことが起きる。 「疲れていると甘いものが食べたくなりますから」 ほらやっぱり見事正解。 昨日の、デスクワークをさぼった私と銃を片手に叱る彼女の司令部を巻き込んだ追いかけごっこのことを言っているに違いない。 それから「さぼってばかりの大佐は疲れてませんよね」という意味も含まれているのかもしれない。いや深く考えないでおこう。 「…すまなかったよ」 「もう聞き飽きました」 ケーキという可愛らしいアイテムを食べながらも、無言で非難する鷹の目はやっぱり怖い。 「もうこの話はやめよう。せっかくのケーキがまずくなる」 せめてものお詫びにと買ってきたケーキなのだ、話を蒸し返すのはよくない。 それにこれはお詫びとかこつけた私の楽しみでもある。 私の楽しみ、それは彼女の喜ぶ顔を見ること。 だから今日は昨日と打って変わって真面目に仕事を終わらせ、非番だった彼女の元へケーキ片手に駆けつけたのだ。 彼女を知る人は意外と思うかもしれないが、彼女は甘いものが大好きなのである。 例えばケーキ、その中でも特にショートケーキ。 もっと言えば、3番通りにある老舗のケーキ屋のショートケーキが彼女の今一番のお気に入り。 つまり、今彼女の目の前にあるもう半分になってしまったケーキのこと。 こんなので許してもらうつもりですかとむっと顔をしかめた彼女だけれど、箱から覗いたきれいに均された生クリームの上の大きな苺に口元を綻ばせたのを私は知っている。 これは私だけが知る彼女の女性らしいところで、愛すべき可愛いところ。 嬉しそうにケーキを崩していく彼女を向かいにして、私はとても幸せだった。 ふと彼女が唇についた生クリームを舌で舐めとった。赤と白の対比に思わずどきりとする。 口に消えていった生クリーム、小さな舌、油でてらてら光る唇。きっと脳に焼きついて離れない。 ああ、おいしいそうだな。きっと甘いんだろうな。 「――食べたいな」 ふいに口を出た言葉に、彼女は顔を上げてきょとんとこちらを見た。 紅茶色の瞳、柔らかそうな頬、白い首筋。食べたいな。今すぐ。 思わず席を立って腕を伸ばし、彼女の左腕の手首を捕まえる。 「食べたい」 彼女は何を言っているんだと言いたげに眉をひそめた。 でも今さら知らないふりなんて許さない、君だって気づいているだろう? どうして私が非番の君を仕事帰りに訪ねるのか、どうしてケーキを食べる様子を愛おしげに眺めているのか。 それから、どうして君が上官の私をすんなり部屋に上げるのか、どうして私に嬉しそうな顔を見せてくれるのか。 上官と部下の関係を演じ続けるのはもう疲れた。 ほら、疲れたときには甘いものが食べたくなるって君は言ったじゃないか。 「中尉」 左の手首を痛いくらい引っ張りあげ、四角いテーブル越しにぐいと顔を近づける。 目の前には、戸惑いそして切なげに美しい顔を歪める彼女。 赤い唇に食らいつこうした次の瞬間、喉元にちくりと何かが当たった。 恐る恐る視線を下にさげると、案の定、さっきまでケーキを壊していったフォークが私の喉元に当てられていた。 するどく光る4本の銀の歯は今にも喉に突き刺さりそうで、背中に冷や汗が伝う。 「大佐、悪ふざけはいけません」 するどく光る鷹の目はフォークよりも恐ろしく、冷や汗の量がどっと増えた。 すぐさま左手を解放し、再び椅子に腰掛ける。 赤くなってしまった手首を見もせずに、いつもの冷静な顔に戻った彼女に悔しさを感じる。 「…ふざけてなんかないよ、中尉」 「私にはふざけているように思えました、大佐」 「私が君に対してふざけるわけないだろう」 「女性に飢えているなら街に出て可愛いお嬢さんを捕まえればいいでしょう」 最後の一口を食べた彼女は何事もなかったかのように紅茶を飲んでいる。 「…君が疲れているときは甘いものが食べたくなるっていうから」 「あら、ケーキが欲しかったんですか?」 「違う!」 「甘いものが欲しいなら、今度からコーヒーに砂糖5杯いれてさしあげますから」 「…遠慮するよ」 ――おあずけか。 はあーと盛大に溜息をはいて、脱力していく体をそのままにテーブルに頭を預ける。 さて、我慢大会を彼女はいつまで続けるつもりなのだろう。 前髪の間から、かすかに顔を赤くして唇を噛んでいるのがばっちり見えているのに彼女は気付いていないらしい。 私も彼女もコーヒーに砂糖5杯なんかで乗り切れるとはとても思えないんだけれど。 |