口を開けば文句や可愛くないことばかり言うから、少し意地悪をしてみたくなったのだ。 それから、どんな反応をするのか見てみたいという、彼女にとっては迷惑極まりない欲求も、多少なりともあったことも認める。 いや、正直に言ってしまえば、今回の目的は後者だ。 とにかく、今の素晴らしい状況は、そんな訳で出来上がっているのだった。 彼女の上になるべく体重を掛けないように馬乗りになり、シーツの上に散らばった美しい金の髪に、うっとりと指を絡める。 今にも鼻唄を歌い出しそうなくらい、私は上機嫌だった。 うっかり気を抜くと、だらしなく頬が緩んでしまう。 いつもなら、口の悪い恋人が「馬鹿丸だしの顔」と言って私をいじめるが、今日はそんなことはない。 彼女は何も見えていないのだから。 今、彼女は真っ暗な世界にいる。 白く柔らかな頬に触れようと手を上げると、その気配を感じとったのか、彼女は大きく肩を揺らした。 唇から漏れる息がわずかに震えている。 そんな彼女を宥めるように、黒い布に覆われた瞼に唇を落とすが、逆に、シーツに沈んでいる体は強張ってしまった。 「中尉、そんなに怖がらないでくれないか。大丈夫だから」 彼女を安心させるように、なるべく優しい声で、諭すように言う。 しかし、それを聞くやいなや、彼女はむっと眉の間に皺を寄せた。 「……何が大丈夫だから、ですか。こんな変態みたいなことして、どの口がそんなこと。というか変態です」 彼女の声は怒りに満ちていた。 早く書類を片付けてください!と怒鳴るときよりも怒っているように思う。 黒い布の下で、私の大好きなあのきれいな瞳は、見えない私をきつく睨み付けているに違いない。 ふっと、嫌でも笑みが漏れた。 「こんなことやめてくださいっ」 「あ、中尉、駄目だよ」 布を取ろうと伸ばした彼女の腕を素早く掴み、シーツに押し付ける。 ぴくりとも腕を動かせないくらい手首を握る手に力を込めると、彼女が悔しそうに唇を噛んだ。 掴まれている腕が多少痛むのか、わずかに眉の間の皺が深まる。 いつもの勝気な彼女とは掛け離れた、狩人に捕らえられた子兎のような様子に、人知れず目を細めた。 「とってもいい眺めだからね、もうちょっとだけ見ていたいんだよ」 「……大佐がこんなに変態だとは思いませんでした。最低です」 「そもそも、君がそうやって私にひどいことばかり言うから、こんなことになったんじゃないか」 「あなたは絶対にどこかおかしいんです。こんなことをして何が楽しいんですか」 「何とでも言ってくれ」 彼女は相変わらず、形の良い唇からは想像もできない、最悪だとか馬鹿だとか、つらつらとひどい言葉を吐き出す。 彼女は本気で怒っている。 そして、きっと、それと同じくらい怖いに違いない。 「…あっ…」 いつもはハイネックに隠された真っ白な首筋にそっと触れるだけで、彼女は可哀相なくらい体を揺らした。 しかし、やめてやるつもりはさらさらない。 舌でべろりと鼻先を舐め上げると、彼女はまた大きく肩を震わせた。 耳、こめかみ、顎。 普段彼女の嫌がるところばかりを執拗に舌でなじる。 その度に、彼女はもしかしたら泣いているんじゃないかと思わせる声を漏らした。 そんな彼女の様子を楽しんで、おまけにもっといじめてやりたいと思ってしまう私は、彼女の言う通り、おかしいに違いない。 「……中尉、怖い?」 答えなど聞かずとも明らかに分かることを、わざと耳元で、そして軽く噛みながら囁く。 彼女は面白いくらい予想通りに、またびくりと体を揺らした。 しかし、予想通りだったのはここまでで、次に、彼女は驚くべきことを口にした。 「……大佐相手に、別に怖くも何ともないですよ」 いつもの彼女の凛とした声からは想像もできない弱々しい口調。 しかし、それに似合わない挑発的な発言に、思わず目を丸くする。 これは予想外だ。 すっかり忘れていたが、そういえば、彼女は変なところで負けず嫌いなのだ。 ここで彼女がしおらしく降参すれば目隠しを取ってあげようと思っていたのだが、急遽予定変更だ。 「ふうん、そうか」 それなら、もっともっといじめてあげよう。 口には出さず、代わりに唇の端を上げる。 白い首筋を再び指でなぞり、次にブラウスの襟に触れた。 そして、いつもなら面倒で引きちぎってしまうこともあるブラウスのボタンを、わざとゆっくりと外していく。 ブラウスの下から現れた色気のない下着も、もったいぶるように時間を掛けて取り払う。 もちろん、彼女が強く噛み締める唇や、鳥肌の立った肌を楽しみながらだ。 「……ん」 豊かな白い胸に顔を埋めて頬擦りをすると、彼女の唇からわずかに吐息が漏れた。 しかし、それはいつものとろけるように甘いものではなく、明らかに怯えを含んだものだ。 それに構うことなく、というより愉快に思いながら、白く柔らかい肉を優しく噛む。 彼女は声を出すまいとしているのか、それとも何をされるか分からない恐怖から逃げようとしているのか、枕に強く顔を埋めた。 苦痛に歪められた美しい横顔を眺めながら、肋骨を指先でひとつひとつなぞっていく。 そして下半身まで辿り着き、すっかり捲り上がっていたスカートの中に手を忍ばせると、彼女は今まで以上に体を揺らした。 「ちょ…っ!大佐っ!」 身を起こそうとする肩と、ばたつく足を簡単に押さえつける。 そして、心ゆくままに、すべらかな太腿を何度も手の平で撫でた。 「……っ!」 手の平が足の付け根に近づく度、柔らかな肌がびくりと強張る。 その反応が面白く、気まぐれに、やはり可愛くない下着に指先を滑り込ませると、彼女が大きく息を飲んだ。 あの大きな目がさらに大きく見開かれているのが、見えなくても分かる。 彼女は、唇をふるふると震わせ始めた。 「…やだっ…たい、さ…っ!」 彼女はすっかり涙声になっていた。 しかし、ここまできても彼女は頑なに「怖い」の一言を言わない。 呆れるほどに負けず嫌いだ。 怖い、と、ただその一言を言えば解放されることなど、彼女自身よく分かっているはずなのに。 黒い布の向こうで、紅茶色の瞳を濡らしながらも、いまだに彼女はあの勝気な光を失っていないのだろう。 やばい、と思った。 彼女を少しからかって遊ぶつもりが、本気でいじめてしまいそうだ。 負けず嫌いな彼女が泣いて喚いて降参するまで、己の欲のままに暴走してしまうかもしれない。 これは、いけない。 辛うじて頭の中にほんの少しだけ残っていた理性が警告を鳴らす。 スカートの中に忍ばせ、好き勝手遊んでいた手を逃げるように慌てて抜き出す。 それから、長い間彼女を苦しめていた黒い布に手を掛けた。 彼女のためではなく、自分のために。 ようやく目隠しから解放された二つの瞳は、やはり涙目になっていた。 「もう…っ!最低です!最悪です!」 彼女は震えた、それでも相変わらず怒りに満ちた声を上げた。 涙を隠したいのか、引っ切り無しに私の非道に対する文句を叫びながら、わずかに赤くなっている目を手の平でごしごしとこする。 「こら中尉、こすっちゃ駄目だ」 一生懸命に目元を往復する両方の手首を掴み、今度は優しく押さえつける。 そして、幼い子供を抱き上げるかのように、そっと彼女を抱き起こした。 「君は私が見えていないと不安で不安で仕方がないみたいだからね。いじめるのはもうやめるよ」 適当なことを口にしながら、目尻に浮かんでいる涙にキスを落とす。 彼女はいまだに文句を言い続けながら、それでも大人しく、私の腕の中におさまっていた。 また、やばいな、と思った。 鼻をすすりながら涙目で私を睨む彼女に、申し訳ないと思うより、心底可愛いと、そして愛おしいと思ってしまう。 さらに、また意地悪をしてみたいという最低な考えが頭をもたげる。 この瞳が真っ赤になるくらい泣かせて、唇を噛み締める間もなく喘がせて、白い肌も彼女の中も好き勝手に征服してしまえたら、どんなに楽しいだろう。 そして何よりも最悪なことに、彼女の狂っているのではないかと思うほどの、私への甘さに気が付いてしまった。 あんなにひどいことをされたのに、それでも彼女は私を殴らず逃げることもせず、むしろ私の胸に体をくったりともたれさせている。 異常なくらい速かった鼓動も、だんだんと落ち着いてきている。 さっきされたことを忘れているはずがないのに、無理矢理剥き出しにされた背中を撫でると、彼女は安心したように瞳を閉じた。 私はおかしい。 そして彼女は、もっとおかしい。 そんなおかしな彼女にどっぷりと浸かってしまいそうな自分が怖い。 彼女の底のない愛情と優しさと甘さに嵌まって堕ちて、抜け出せなくなりそうだ。 「……君のせいで変な趣味に目覚めそうだ」 ぼそりと呟くと、彼女はまだ涙の残る顔を上げて、むっと目を細めた。 「もう十分すぎるほど目覚めてますよ」 「それより、君も私に負けじとおかしいぞ」 「な……」 抗議しようとした唇を自分のそれで塞ぎ、お互いへのおかしなくらいの愛を持っている二つの体を、きつく絡ませた。 |