「悪い女みたいだよ、リザ」
元から不機嫌だった顔が、この一言でますます険しくなった。
金の睫毛に縁取られた瞳が苛立たしげに細まる。
しかしそんな顔をするせいで、ますます「悪い女」に拍車が掛かることに私の妻は気が付いていない。
あからさまに機嫌悪く尖った彼女の唇には、普段は決して塗らない真っ赤な口紅が引かれていた。
白い肌と赤い唇の対比がなんとも美しい。
そして、その赤は少しきつめの目元と相俟って、彼女の清廉さとはずいぶん掛け離れた印象を与えていた。
魅惑的な唇に見惚れていると紅茶色の瞳にきつく睨まれ、背中に言葉に出来ない何かが駆け抜ける。
「男を何人も誑かしてきた女って感じだな」
感心してそう述べると、気に入らないのか再び彼女の眉がぴくりと動いた。
そして、ゆっくりと赤の唇が開かれる。
「……こんなことして楽しいですか」
私の手の中にある口紅を、彼女は忌ま忌ましいものでも見るかのような目付きで睨んだ。
苛立ちの絶頂にいるだろう彼女に対して、私はにっこりと笑ってやる。
「もちろん楽しいよ」
「悪趣味ですね」
「すごく綺麗だ」
うっとりと囁くと、彼女は呆れたように赤い唇の間から溜息を漏らした。
「遊ばれているみたいで気分が悪いです」
「みたいじゃなくて、実際に遊んでいるんだよ」
「……最低」
彼女は短く吐き捨てると、口紅を拭おうと手の甲を唇に押し当てた。
しかし、拭う寸前ですかさず手首を掴み、その手を捕らえる。
「リザ、駄目だよ」
「何でですか。もう十分楽しんだでしょう?」
「簡単には落ちない口紅を選んだんだよ。それに」
そこまで言って言葉を切り、口紅をシーツの上に放って、彼女の肩を強く押した。
不意をつかれて簡単にベッドに倒れ込んだ体に覆いかぶさる。
「口紅を引いたのは私だから、拭うのも私の仕事じゃないかな」
適当なことを口にしながら、ブラウスのボタンを引きちぎりたいところをぐっと抑えて、ひとつずつ丁寧に外していく。
が、紳士的な振る舞いも虚しく、突然その手をぴしゃりと叩かれた。
「……痛い」
「悪戯する子にはお仕置きしなければいけませんからね」
今度はブラウスの隙間に入り込もうとした手を軽く抓られた。
強い力で手首を掴まれ、白い肌への侵入の邪魔をされてしまう。
まるで先ほど私が彼女にしたことのようだ。
「これ以上は駄目です。もう十分遊んだでしょうから、今日はこれでおしまいです」
「おしまい?まだこれからじゃないか」
「駄目です」
私が外したボタンを掛け直しながら、彼女は事もなげにさらりと言い放つ。
彼女が本気であることを長年の付き合いから十分に知っていた。
しかし、そうと分かっていても、しつこく確かめざるを得ない。
「……冗談だろう?」
「いいえ」
「ここまできて?」
「我慢してください」
私が我慢できないのを一番よく分かっているはずの彼女は、腕の間からするりと抜け出した。
唖然としたまま動けないでいる私を、冷たいようでいて熱い視線でじっと見つめる。
そして、私から目を離さないまま腕を持ち上げ、白い手の甲で口紅を拭った。
まるで見せ付けるかのようにゆっくりなのは、おそらくわざとだ。
「私、悪い女ですから」
そして最後に、口紅がわずかに剥がれた唇で弧を描き、彼女は蠱惑的に微笑む。
「……本当に悪い女だな」
ここまできて触らせてくれないなんて、そして触らせないくせに挑発してくるなんて何て意地悪なのだろう。
すっかり悪女になってしまった妻に苦笑しながら、しかしもっと焦らされたいと思ってしまう私は、すっかり彼女に誑かされている。







幸せになってくれ。
元上司と最後に交わした言葉が、未だに頭の中をぐるぐると回っている。
考えるべきことはたくさんある。
今後の生活をどうするのかとか、引っ越そうかとか、故郷に帰るのもいいだとか、とにかく、たくさんあるのだ。
しかし、彼の言葉が邪魔をして、ほかのことに全く気が回らない。
――幸せになってくれ。
幸せについてなど、今まであまり意識したことがなかった。
強いて言えば、彼を守り、彼の側につき、彼の後ろを歩き、彼と共にただ前に進むことだった。
そう、それが、幸せだった。
世間からすれば幸せとは掛け離れすぎたそれが、私にとっては生きる意味で、すべてだったのだ。
くうん、という鳴き声で、はっと我に返った。
下を見れば、引き取ったときよりもずいぶん大きくなった愛犬が、こちらを心配そうに見上げていた。
「大丈夫よ、ハヤテ。少し考え事をしていただけ」
私の言っている意味を理解しているかどうかは分からないが、愛犬は安心したように、わんと一声鳴いた。
散歩中だというのに、柄にもなくついぼんやりとしてしまった。
気が付けば、いつもの散歩コースを巡り終わり、自宅であるアパートはもう目の前だ。
最近、少しぼーっとしすぎだわと自分を叱咤する。
何もかも、あの元上司のせいだ。
ふと、家へ帰ろうと前を見ると、この道の先にある私のアパートの前に、見慣れた車と、そして人影があった。
私が目を見開くと同時に、愛犬が大きくきゃんと嬉しそうに鳴く。
夕日の逆光でよく見えないが、私があの人を見間違えるはずがない。
黒い人影に向かって、愛犬が尻尾を振りながら嬉しそうに駆け出す。
びんと勢いよく引っ張られるリードにつられて、私も自然と走り出していた。
いつもいつも、彼の近くにいた、側にいた、後ろにいた、隣にいた。
いつも、彼を守り、彼を見て、こうして彼を追いかけていた。
「幸せになってくれ」
彼の言葉が再び蘇る。
私の、幸せは――
答えは、簡単ではないか。
駆け寄る私と愛犬にようやく気が付いたのか、彼がこちらに振り返った。
ようやく人影ではなく見慣れた顔と目が合って、自然と顔が綻ぶ。
しかし、彼は逆にぎくりと肩を揺らした。
「かっ……マスタングさん、どうしたんですか?」
彼を呼ぼうとして、もう上司ではないことを思い出し、慌てて言い直す。
「あー…いやね、うん。ちょっと」
彼は相変わらずどこか気まずそうに眉を寄せる。
その様子は、何故か悪戯を見つけられた子供を連想させた。
彼は不自然に視線をさ迷わせ、私もその先を追い、そして絶句した。
彼の愛車の中には、色とりどりの花達が溢れていた。
かろうじて運転席に花はないが、ほかのシートには花束がどっさりと積んである。
これだけあると、もう花束というよりは小さな山のようだ。
「……これ、どうしたんですか」
数秒の間のあと、唖然としながら聞く。
すると彼は、居心地悪そうに黒髪を掻きむしった。
「いやね、その、昔、君に花を渡せなかったことがあっただろう」
珍しく歯切れの悪い彼の言葉に、そう言えばそんなこともあったなと、ぼんやりと思い出す。
「どうしたんですか、今更」
この花の山をどうする気なのかと呆れるが、自然と笑顔が零れた。
愛犬も花の匂いを嗅ぎ付けたのか、くんくんと鼻を鳴らしている。
しかし、彼だけは未だに表情を強張らせていた。
「君がいないうちに部屋に運んで、驚かせるつもりだったんだけどな」
「錬金術を使って鍵を開けるのは迷惑だと何度言えば分かるんですか。未遂で良かったです」
「…あーあ、失敗したなあ…」
がっくりと肩を落とし、車の窓に手を付ける彼を見て、またくすりと笑う。
「それで、この花の意味は何ですか?」
彼はまたぴくりと肩を揺らした。
そして、体を強張らせながら、こちらに向き直る。
「……なあ」
彼は急に低い声を出した。
「はい」
「君に、話があるんだ」
「……奇遇ですね、私もです」
そう告げると、二人して同時に、ぎこちなく微笑んだ。
どうしても笑顔が引き攣る。
彼も、そして私も、笑った顔の下で緊張していた。
しかし、きっと何か「幸せ」について得られるものがあるという予感があった。
私の幸せは、ここにあります。
花の匂いに包まれた部屋の中で、彼にそう告げよう。







目を覚ますとベッドの上にいた。
ずきずきと痛む頭を働かせて、眠る前の最後の記憶を何とか手繰り寄せる。
数秒後、ソファーに座り元上司の話に相槌を打っていたシーンに辿り着いた。
自分でベッドに入った覚えはないから、彼がここまで運んでくれたのだろう。
カーテンの隙間からは薄暗い光が漏れていて、まだ早朝であることを知る。
痛む頭を手で押さえながら、ベッドから身を起こし、辺りを見渡す。
酒の空き缶や瓶が転がる部屋に、彼の姿はなかった。
昨日は、二人だけのささやかな、目標を達成したお祝いだったのだ。
「もう君に仕事をしろだとか、書類はまだですかと怒鳴られることは、もうないんだな」
グラスを片手に、目尻を下げて嬉しそうに話していた夕べの彼を思い出し、思わず小さく笑う。
それはこちらの台詞だ。
彼の怠慢を怒ったり、隙あらばさぼろうとするのを見張ったりする必要は、もうないのだ。
私の口うるささを愚痴る彼に腹を立てることもない、徹夜明けの彼にコーヒーをいれることもない。
あの頃のように、彼と毎日会う仲でも、目標に向かって邁進することも、もうない。
今はもう、すべてが終わったのだ。
「……何も言わずに帰るなんて初めてだわ」
ベッドの端に座り、ビールの空き缶をつま先で突きながら呟く。
彼と何の繋がりを持たなくなった今、こんな朝を迎えるのは、少し寂しすぎた。
遠くまで転がり壁にぶつかった空き缶をぼんやりと眺めながら、小さく溜息をついた。
もう一度寝てしまおうか。
寂しさをごまかすように、端に座ったまま背中から勢いよくベッドに倒れ込み、目を閉じる。
わずかな眠気を感じながら小さく欠伸をして、目を擦った。
ふと、急に違和感を覚え、眉を寄せる。
何かがいつもと違う。
そして、その違和感の原因に気付いた途端、目を大きく見開いた。
そのあとのことはよく覚えていない。
体が勝手に動いていた。
ベッドから飛び出すように起き上がり、そして走り出す。
靴を適当に足に引っかけ、部屋中に転がる空き缶や瓶に躓きそうになりながら、部屋の外へ出た。
かろうじて部屋の鍵を掛け、そのあとは全力疾走だった。
彼の新しい住所を思い出しながら、早朝の冷たい空気を裂くように走る。
部屋を飛び出す前、愛犬が何事かと声を上げていたが、そんなの気にする暇もなかった。
寝起きでぼさぼさの髪も、だらしなく上の二つボタンが開いたシャツも、どうだってよかった。
今、頭にあるのは、彼に会うことだけだ。
彼の住まいらしくない、古びたアパートの廊下を駆け抜け、彼の名字が書いてある扉を少々乱暴に叩く。
誰だと確認することなく、まるで私が訪れることを知っていたかのように、扉はすぐに開かれた。
そして、茶色い扉から顔を覗かせた彼は、たちまち目を丸くした。
無理もない話だ。
朝も早くから訪ねて来た女が、みっともなく息を切らして、そして涙をぼろぼろと零していたら、誰だって驚く。
「……リザ?」
彼が心配そうに眉を下げながら、私のぐちゃぐちゃになっている顔を覗き込んでくる。
まるで壊れ物でも扱うかのように優しく腕を引いて私を中に招き入れ、彼は玄関の扉を閉めた。
そして、彼は指先で私の涙を拭いながら、困ったようにも見える顔で笑った。
「…あー…えーと、見た、んだよな?」
彼らしくない歯切れの悪い言葉に、私も柄にもなく、無言のまま何度も力強く頷く。
彼は居心地悪そうに、黒髪をがしがしと掻きむしった。
「……昔っから君には断られ続けていたからね。情けないが、怖くて置き逃げしてしまったんだ」
ちっとも涙が止まらない私を見下ろしながら、彼が苦笑する。
滲む視界の中で、彼が右の唇の端を軽く噛むのを、私は見逃さなかった。
これは彼が緊張している時に出てしまう癖だ。
思い返せば、こういう時、彼はいつも緊張していた。
断られるのを一番よく分かっているくせに、それでも彼はいつも緊張していた。
そんな彼を可愛らしく、そして何よりも愛おしく思いながら、いつも彼の申し出を断っていた。
馬鹿ですか、と苦笑しながら。
上司と部下にそんなことが許される訳がない。
第一、私達には成すべきことがあった。
しかし、今は違う。
今は、すべてが終わったのだ。
「……待ってて…」
「ん?リザ?」
「…待ってて、くれたんですか…?」
声が震えて、呼吸すらままならず、言葉がうまく紡げない。
ぼやけた視界で、彼が優しく、本当に優しく笑ったのが分かった。
「……それは私の台詞じゃないか」
心なしか、彼の声もわずかに震えているように思えた。
彼は私を強く抱き寄せ、それから私の左手の薬指に嵌められた指輪にそっと口付ける。
私も負けじと、また新たに共にこれからを歩む最愛の人を、強く抱き返した。







乱暴に扉を開ける音や足音で、まどろみながらも、すぐに彼女は誰がやって来たか分かっただろう。
あまり光の入ってこない薄暗さはいいと思うが、この埃っぽさはいただけない。
思わず、むっと顔をしかめた。
「おい」
上から声を掛けても、彼女は瞳を閉じたままだった。
相当眠いのだろう。
しかし、だからと言って、滅多に誰も訪れないこの埃まみれの資料室の床で寝ることはないだろう。
そもそも、女性がこんなところで……なんて言っても彼女には通じないか。
「おい、中尉」
猫のように床に丸くなっている彼女に、もう一度声を掛ける。
すると彼女は、目を閉じたままだが、やっと口を開いた。
「…ん、大佐…」
「仮眠室に行くんじゃなかったのか?」
彼女の方へ屈み込みながら聞く。
「…仮眠室、いっぱいで…」
彼女の顔を覗きこむと、白いはずの目元に隈ができているのが見えた。
私も部下達も仕事のため、ほぼ三日ほどまともに寝ておらず、今はやっと一段落ついたところなのだ。
彼女は家へ帰れないほどに疲れており、仮眠室に行きます、と言って、執務室をふらふらと出て行ったはずなのだが。
「……大佐こそ、仮眠室に行くんじゃなかったんですか?」
「君に添い寝をしてあげるつもりだったんだが、君の匂いと気配がしなかったから、君を探しに戻って来た」
「……仮眠室がいっぱいだったことに感謝します」
いつもよりのんびりと喋る彼女と話しながら、彼女の軍服についた埃を手でばさばさと払い始める。
「執務室のソファで寝ればいいのに」
「そこまで、戻れなくて……」
「ちなみに私の添い寝付き」
「…ここの床、冷たくて気持ちいいんです…」
会話が噛み合っていない。
そろそろ彼女は本当に眠るな。
私はようやく彼女の軍服の埃を払い終え、資料がぎっしりと並べられた棚に寄り掛かった。
そして、よいしょ、と、床にうずくまる彼女を胸に抱き上げた。
「ま、ここでも添い寝してあげるけどね」
あまりの困憊と眠さのせいか、彼女からの抵抗は一切ない。
自分の軍服の上着を脱ぎ、彼女の肩に掛けてやっても、私にされるがままだ。
むしろ、胸にくたりと頭を預けてくる。
「……床より」
「ん?何?」
「大佐の方が、気持ちいいです……」
そう言い終えると、胸にのしかかる彼女の体の重さが一気に増した。
彼女はようやく眠りの世界へと落ちていったらしい。
そういえば以前、貧血で倒れた彼女が壁に寄り掛かっていた時に抱き上げたら、「…壁より、大佐の方がいいですね…」と言われたことがあった。
前は壁より大佐、今は床より大佐。
私は一応昇格できた…わけないか。
私はいつでも君がいいけどね、リザ。
彼女の髪をきつく結い上げているバレッタを外すと、彼女の匂いを放ちながら、ふわりと金髪が流れる。
その柔らかな金に顔を埋めて、ようやく私も目を閉じた。







「あ」
突然、目の前にいた彼が振り返った。
アパートの階段を上っている途中だったため、いつもよりだいぶ大きく首をそらして彼を見上げる。
「中尉、ちょっと来て」
手招きをしながらそう言われ、少し上の段にいる彼の元まで階段を上がっていく。
一段、二段、三段。
「はい、ストップ」
彼の横に並ぶ前に、止まれの命令がかかる。
言われた通りに足を止めて、私はまた彼を見上げた。
「うーん」
少し悔しそうな表情を浮かべながら、彼は首を傾げる。
「やっぱり、このくらいの身長差がちょうどいいなあ」
私を見下ろしながら、彼は顎に手を当てて、独り言のように呟いた。
確かに、彼と私は身長差があまりない。
ふと考えてみれば、街を歩いている恋人達は、今の私達くらいの身長差がある方が多いかもしれない。
「君が予想外に大きくなるんだもんなあ」
つむじが可愛い、と私の頭にキスを落としながらも、彼が不満げに言う。
私が大きいのではなくて、あなたが小さいんですよ、なんて言ったら、きっと今夜は泣くまでいじめられるに違いない。
私は身長差なんて気にしていないし、正直どうだっていい。
しかし、やたらと彼がそれを気にするのは、男のプライドってやつなのだろうか。
「君を見下ろすって、いい気分だなあ。あー、可愛い可愛い」
いろんな場面で、身体的にも精神的にも見下ろされているけど、とは賢い私は口に出さない。
彼は機嫌よく腰を屈めて、耳や唇や首筋に、次々とキスを落としていく。
「……ちょっと」
今まで抵抗なく、むしろ心地良く思いながら、それを受け入れていた。
しかし、私が今、抗議の声を上げたのは、彼が無遠慮に私の胸に触ってきたからだ。
「ん?何かな?」
唇の端を吊り上げながら、階段をひとつ降りる。
そして逃げる暇もなく、彼は私を壁にぐっと押し付けた。
「ちょっと!」
これ以上のことを、この場でするのはあまりに度を越している。
抵抗の声が階段の踊り場に反響した。
たった今、気が付いたが、ここは声が響くのだ。
それに、今は深夜で滅多に人が通らないとはいえ、万が一ということがある。
というか、そんなことを心配する自体が異常だ。
おかしい、嫌だ、助けて、彼は変態だ!
「君がいけないんだよ」
暴れる私を軽々と押さえ付け、彼はスカートの中に隠された足をゆっくりと撫でながら言う。
「君が、あんなどこの馬の骨だか知れない下士官に、棚の上をダンボールを取ってほしいの、なんて頼むから」
だって、あなたじゃ届かないじゃないですか――
抗議の言葉は唇に塞がれる。
ああ、あの時から、彼は最初から、こうするつもりだったのね。
「君が声を上げたら人が来るかもしれないね。そうでなくても人が通るかもしれない。あ、その前に君の体が立たなくなるかな?」
何が起こるんだろう、スリルあるなあ。
そう笑い、彼は意地悪な笑みを浮かべながら、私のブラウス越しの肩に噛み付いた。
やっぱり彼って最低だ。
しかし、嫌がりながらも、結局は彼の好きなようにさせてしまう私も、彼ほどではないけれど、頭のどこかがおかしいのかもしれない。








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