「へえ、君、今まで一度もデートをしたことがないのか」 人をからかう時にいつもする、にんまりと嫌な笑みを浮かべながら上官の発した一言が、すべての始まりだったのだ。 「やあ、少尉。おはよう」 「…お…はよう…ございます…」 この状況でいつものように口から挨拶の言葉が出てきたのは、奇跡に近いと思う。 がたがたという不審な物音で眠りから覚め、目を開いたら、そこには上官がいた。 一瞬、仮眠室で眠っている自分を中佐が起こしに来たのかと思った。 けれど、目に入ってくるのは自分の見慣れた部屋。 普段使っているクローゼットやテーブルや椅子を背景に、中佐は立っていた。 ちなみに、壁に掛かった時計は五時を指している。 カーテンの隙間から覗く外はまだ薄暗い。 この状況は、一体、何? 目に入ってくる情報をうまく処理できない。 私はベッドに身を横たえたまま、ただぼんやりと中佐を眺めることしかできなかった。 「絶対に寝ていると思っていたが、案の定寝ていたね。というか君、朝に弱いしなあ」 軽い混乱の中にいる私とは反対に、中佐は至って普通の様子だ。 「…朝に弱いとか関係なく、寝ていて当たり前ですよ…。今、朝の五時…」 「違う。五時三分だよ」 腹の立つ訂正が入る。 いつ持って来たのか、中佐はソファーに置いていたクッションを床に敷き、そして、その上に腰を下ろした。 どうして私のお気に入りのクッションの上で、中佐が胡座をかいているのだろう。 まだ寝ぼけているのか、やはりこの状況にうまく対応できない。 いや、この破天荒な上官に対してはいつもそうか。 「…あの、うしろに椅子があるんですけど。というか、ソファーに座って…」 「こうした方が君に近いじゃないか」 「…は?」 訳の分からない中佐の答えに眉を寄せる。 中佐はそんな私をよそに、ベッドの端に両腕を置いて、にこりと嬉しそうに笑った。 「だって、今日は君とデートだしさ」 デート。 中佐の口からその言葉を聞いて、昨日の出来事をおぼろげながらも思い出した。 そうだ。 そう、今日は何故か、中佐とデートをすることになってしまったのだ。 事の発端は、昨日の休憩時間での雑談まで遡る。 何の話からかは忘れたが、私が一度もデートをしたことがないと中佐が知ると、彼は私をからかい始めたのだ。 そして、中佐は私を散々からかい抜いたあと、突拍子もなく、「じゃあ、私とデートでもしてみようか」と言ってきたのだ。 明日はちょうどよく二人揃って非番だし、と、中佐は妙に楽しげだった気がする。 潜入調査をする時に役に立つだとか、いい経験になるだとか、上司と部下との絆を深めるだとか、中佐は指を折りながらたくさんの理由をあげて、デートの約束を取り付けようとしてきた。 が、彼がデートをするべきだと力説している間、私は中佐とは反対に、どう断ろうかと考えていた。 明日は久しぶりの非番だ。 仕事を忘れてのんびりと過ごすつもりだったのに、どうして中佐とデートなるものをしなくてはならないのだろう。 用事があるので、と、でまかせを言ってしまおうか。 中佐は、いいレストランを見つけたんだよなどと勝手に話を進めていたけれど、私はそれを断ろうと口を開いた。 しかし、それは失敗に終わった。 すべては、私が中佐の世にもくだらない挑発に乗ってしまったのがいけなかったのだ。 ――君の年齢で一度もデートをしたことがないというのはちょっと…あ、いや、失礼。 何でもない。 忘れてくれ。 そう、だから、私と……え、用事? ……ふうん、君は私とのデートから逃げるのか。 今になって考えてみれば、何とも馬鹿馬鹿しい挑発だ。 「……誰が逃げると言いましたか?いいでしょう、受けてたちます!」 ばんっと執務机を両手で叩き、気合いたっぷりにこう答えた私が一番の大馬鹿者だが。 「となると、じゃあ、朝ごはんはまだお預けか」 残念そうに中佐が言う。 不法侵入した上に、この人は私に朝ごはんを作らせる気なのか。 相変わらず、清々しいほど図々しい……ではなくて。 中佐が私の部屋にいる理由は何とか理解できた。 しかし。 「……十時頃に迎えに行くからねって、言ってませんでしたっけ?」 「うん」 手持ち無沙汰なのか、中佐はシーツを指でいじりながら答える。 「…『うん』じゃあないですよ。あなたは時計が読めないんですか?」 「確かに十時頃に迎えに行くと言ったね。それもウインク付きで。で、そのつもりだったんだけど、今日は何故かずいぶんと早くに目が覚めたんだ」 「……中佐にしては珍しいですね。一ヶ月くらい大雨が続くんじゃないですか?」 「もう一度寝ようと思ったんだが、まったく寝られなくてね。で、突然、君に会いに行くことを思い付いたんだ。というか、すぐ君に会いたくなったんだよ」 私の嫌味にまったく気が付く様子もなく、中佐の話は続く。 「私が思い付いたらすぐに実行したくなる性格なのは、君もよく知っているだろう?例え周りに迷惑を被っても自分を抑えきれないんだよ」 「…迷惑だという自覚は一応あるんですね」 「で、迷惑なのは重々承知で来てみた、というわけだ。あ、鍵は直しておいたから」 「はあ…」 やっぱり鍵を壊されていたのか。 朝からとんでもないことがありすぎて怒る気にもなれない。 「ずいぶん気のない返事だなあ。せっかくのデートなのに」 「……朝の五時に不法侵入されて始まるデートなんてあるんですか」 「デートというのは人それぞれだからね。私なんかデート中に、相手に包丁をかざされたことがあるぞ」 「はあ…」 「あ、またそんな返事して。傷つくなあ」 中佐が私に、もっと言えば朝に弱い私に、まったく配慮をせずここに来た理由も理解できた。 けれど、理解はできても、受け入れることはできない。 これはデートではなくて、部下を困らせる新しい遊びなのではないかという気さえしてきた。 「……それにしてもさ」 ベッドの縁に置いた両腕の上に顔を乗せ、中佐が口を開く。 「前にも何度か見たことあるけど、寝起きの君って可愛いよな」 「…あ、今までは破天荒すぎでしたが、少しデートっぽくなりましたね」 街を歩いている恋人達が、可愛いだとか、服が素敵だとか、そんな言葉を囁き合っているのを何度か聞いたことがある。 その言葉達とは少し掛け離れているように思えたが、もう始まりからおかしいのだから仕方がない。 「デート中じゃなくても、女性を見たら中佐はよくこういうことを言ってらっしゃいますけどね」 「…本当に可愛い…」 会話が噛み合っていない。 二つの黒い瞳にじっと見つめられることに居心地悪く思いながら、ふと、あることに気が付く。 中佐は、寝起き、と言った。 そうだ、私は今、寝起きなのだ。 「ちゅっ、中佐っ!こっち見ないでください!」 自分が何を叫んだのかよく分からなかった。 とにかくこの姿を見られたくない一心で、中佐に背を向ける。 というか、寝起きの姿を好き好んで見られたいと思う人は、おそらくそういないだろう。 私はブランケットを頭からすっぽりと被り、ベッドに俯せになった。 薄暗くてあまりよく見えなかったけれど、中佐はきっちりとスーツを着込んでいた。 髪だって司令部にいるときよりも整っているように思えたし、香水の香りだってした。 なのに私は寝起きだ。 中佐のようにきちんとした服ではなくパジャマだし、髪だって梳かしていないし、というか顔すら洗っていないのだ。 また中佐が私をからかうときのネタにされてしまう。 ああもう最悪。 昨日、渋々することになったデートだけれど、それなりの格好をしようと、珍しくクローゼットの前に、長い間立っていたのに。 それに、化粧もいつもより濃くした方がいいかしらと、久々に数少ない化粧品を机の上に並べてみたのに―― って、それじゃあ、まるで私が中佐とのデートを楽しみにしていたみたいじゃない。 いや、でも、デートって楽しむものだし、楽しみにしていてもいいはずだ。 けれど、そもそも私は中佐に挑発されて―― ここまで考えたところで、中佐がブランケットを無理やり引っぺがしたことにより、私は現実へと引き戻された。 「少尉、どうしたっ!?具合が悪いのか!?」 「い、いえっ!そうではなくて…!まずブランケット返してください!」 「嫌だ!」 「というか、中佐はあっちに行っててください!寝起きを見られるのは嫌です!」 「もっと嫌だ!」 「はあっ!?」 何とかブランケットを取り返したものの、中佐は訳の分からないことを言う。 中佐はフェミニストなのではなかったのか? 中佐を部屋から追い出して、それなりの格好をしたいだけなのに。 この状況なら誰でもそう思うであろう私の願いは、中佐が私の肩をがっちりと強い力で掴んだことにより終わった。 「こっちを向け少尉ーっ!」 「いーやーでーすーっ!」 私に何かの恨みでもあるのか、中佐はベッドの上に乗り上がり、私を振り向かせようと容赦なく手に力を込める。 やっぱりこれはデートではなく、新しい部下いじめの遊びだ。 シーツをぎゅっと握って、肩を掴む中佐の手に抗っていると、安いベッドがぎしぎしと軋んだ。 これでは近所迷惑だ。 そして私にも大迷惑だ。 そもそも、この人が本気を出したら、悔しいが私が敵うわけがない。 どこかを痛めてしまう前に、私は仕方がなく降参をすることに決めた。 むすっとした顔をブランケットで隠しながら、中佐の方へ渋々と振り返る。 私も中佐も、肩を大きく揺らし、はあはあと息を切らしていた。 きっちり着込んでいたはずの中佐のスーツはすっかり乱れている。 私達は朝っぱらから何をしているのだろう。 「……やっとこっちを向いたか、少尉」 荒い息を交えながら、中佐がにんまりと勝利の笑みを浮かべる。 「……デートって、女性に優しくするものではないんですか」 私はブランケットから目元だけを覗かせて、きつく中佐を睨む。 「まあ、こういうハードなデートもあるんじゃないか?」 適当なことを言いながら、中佐は再びクッションの上に腰を下ろした。 そして、不意に私の方へ手を伸ばす。 今度は何をされるのかと身構えたが、中佐は、ただそっと私の髪に触れてきただけだった。 「今のはちょっとやり過ぎだったかな。でも、寝起きの君って、ぼんやりしていて本当に可愛いんだよ。だから心配はいらない」 はは、と楽しそうに笑いながら、中佐は私の短い髪を梳かし始めた。 頭痛がしそうなくらい脱線したが、またデートらしくなってきた気がする。 「あーあ、ぼさぼさだった髪が、さらにぼっさぼさになってしまったな。君、寝相悪いだろ」 やっぱりまた脱線だ。 彼がフェミニストだなんて誰が最初に言い出したのだろう。 けれど、文句は言わなかった。 髪に触れる中佐の大きくて温かな手が気持ち良い。 きっとデートって、本来はこういうふうに優しくされるものなのだと思う。 ふと、今まで中佐とデートをしてきた女性達が、少しだけ羨ましく思えた。 「少尉、寝るなよ」 つんつんと髪を軽く引っ張りながら中佐が言う。 髪を梳く手があまりにも心地良くて、気が付けば、瞼が下がりかけていた。 「……朝っぱらから中佐が迷惑ばかり掛けてきたので、眠たくもなりますよ」 「これから出掛けるんだからさ」 「…出掛ける…ああ、そういえば、デートをするんでしたね」 異常なことばかりありすぎて、つい忘れそうになるが、今日は中佐とデートなのだ。 「出掛けるとなると…映画とか劇場とか、そのあとに食事…ですか?」 「ふうん。デートをしたことがないわりにはずいぶんと詳しいじゃないか、ホークアイ少尉」 この人のこういうところが嫌いだ。 にやりと唇の端を上げて嫌な笑みを浮かべながら、あからさまにからかわれて、私は思わずむっとした。 「それくらい知っています。それにデートをしたことはありませんが、デートらしきものに誘われたことは何度かありますから」 不機嫌な物言いに、ブランケットの下で唇を尖らせている様子はまるで子供のようだと自分で思う。 不意に、髪を梳く手が止まった。 どうしたのだろうと思い、ちらりと中佐を見ると、まるで私を睨んでいるかのような鋭い瞳が、そこにはあった。 というか、確実に睨まれている。 「……行ったのか?」 「はい?」 「だから、そのデートらしきものに」 中佐の声は苛立っていた。 表情も、テロリストと対峙しているのではないかと思うくらい険しい。 私がデートをしたことがないと知っているくせに、どうして中佐はこんなことを聞いてくるのだろう。 「……行きませんでしたよ。誰かさんのせいで仕事が忙しかったですから」 「有能な上官の華麗な書類さばきのおかげで時間がたっぷりあったら、行っていたか?」 有能な上官、というところが引っ掛かったが、突っ込むのはやめておいた。 この、夜の闇のような中佐の瞳は苦手だ。 切れ長の目にじっと見つめられると、身動きすらできない時がある。 「……正直、面倒だったので、忙しくなくても行ってなかったと思います。相手は私のことを知っていましたが、私は知らなかったですし」 正直に告白すると、中佐は、そうか、と、やけに神妙に頷いた。 中佐の眉の間の皺がぐぐっと寄っていく。 「……私が裏で手を回しているのに君を誘う奴がいるとは…あとで錬金術の実験台にしなくてはいけないな…」 「はい?今、何て?」 「いや、こっちの話だ」 中佐の表情はいまだ険しい。 もう何なのだろう。 私は、ふうと溜息をついた。 「少尉?」 「いえ、これのどこがデートなのだろうと思ったんです。これ、実は新しい部下いじめなんでしょう?」 「は?」 「不法侵入されるは着替えさせてくれないは睨まれるはで、もう散々ですよ…。中佐は普段どんなデートをなさっているんです?」 ばれたか、そう、これは暇つぶしに考えついた部下いじめの遊びなんだよ。 実は、急にデートをキャンセルされてしまってね―― 中佐がそう白状するのを私は待っていたが、彼はまったく違った行動をとった。 中佐の吊り上がっていた目が一気にぐぐっと下がり、元から童顔な顔がさらに幼くなる。 これは、中佐が困っている時の顔だ。 あーだとか、うーだとか、そんなことをぼそぼそと口にしながら、中佐はせっかくセットされていた黒髪を指で掻きむしった。 それから、何故か中佐はクッションの上に正座をしだす。 「…あの、中佐?」 「……すまん」 「はいっ?」 中佐の口からそんな単語が出るとは思わず、私はつい聞き返してしまった。 この人は、今、私に謝った? やっぱり半年くらい大雨が続きそうだと、頭の片隅でそんなことを思った。 「君と、本当に普通にデートをするつもりだったんだ。出掛けて食事をして、いつも私が女性を楽しませているように、君にもそうしたかった」 睨まれたり謝られたり、突然の展開に頭がついていかない。 やっぱり私は朝に弱いようだ。 「しかしな、どうしてか、君に対してはいつものようにできないんだ。どうしても自分にわがままになってしまう。…鍵壊したこと、怒ってる?」 「……怒ってますけど、ほかに怒ることがありすぎて、もうどうでもいいです」 そう答えると、中佐は、はあーっと大きく溜息をついた。 それから、こんなつもりじゃなかったのに、と、ぼそりと呟く。 「……今日、君とデートをしようと思ったのは、ただ単純に君とのデートを楽しみたいというのもあったんだが」 私を見つめる中佐の目があまりにも真剣なことに気が付いて、少し動揺してしまう。 私もベッドの上に正座した方がいいのでは、と、そんな考えが頭をよぎった。 「君が私をどう思っているのか確かめるためでもあったんだ」 「…はい?」 「ほかの女性のことなら手に取るように分かるのに、君のことになるとお手上げだ。君のことは昔から知っているのに、どうしてだろうな」 ああ、やっぱり話についていけない。 「でも、まず、挑発すれば私とデートをしてくれることは分かった」 中佐は、私の顔を隠していたブランケットをそっと取り払った。 「あと、不法侵入と寝起きの姿を見せることを許してくれるのも、分かった」 「…許してませんけど」 「だって蜂の巣にしないじゃないか」 「……朝に弱い、ですから」 そういえばそんな対処法もあったじゃないか。 中佐に見つめられながら、そうぼんやりと思う。 「…少尉」 先ほど私の頭を撫でていた手が、今度は頬に触れてきた。 抗うという選択肢は私の頭に浮かばなかった。 髪を梳いていた時のように、頬を撫でる手が優しくて気持ち良い。 「ほかの奴とのデートは断ったのに、どうして私とはデートをする気になったんだ?」 「…中佐に挑発されましたから」 「それだけ?」 「……上官、だから…」 「なら君は、ほか上官に誘われてもデートをするのか?」 どうしてデートだというのに、尋問のようなことをされているのだろう。 中佐の頬を優しく撫でる手と、私を責めるような言葉があまりにも違って、ちぐはぐすぎて、考えがまとまらない。 何も言えなくなり、私は黙りこんだ。 ――いいや、答えはちゃんとあるのだ。 ただ、言えないだけだ。 中佐とのデートを承諾したのは、もちろん彼が上官だからではなく、挑発されたから。 しかし、それだけではない。 あの時、久しぶりの非番でゆっくりとしたかったけれど、中佐と過ごすのも悪くはないと、ほんの少しだけ、そう思ったのだ。 しかし、それを口にするのは、何故か憚られた。 「……なあ、少尉」 頬を撫でていた手に、わずかに力が込められた。 それに気が付いて伏せていた目を上げると、ずいぶんと近くに中佐の顔があった。 こんなに近くで中佐の顔を見るのは初めてだ。 というか、この距離は異常―― そこで私の思考は止まった。 中佐の息遣いを唇で直に感じながら、私は、ゆっくりと目を閉じた。 何故かそうすることがとても自然に思えたのだ。 唇が触れていたのは本当にわずかな間だった。 薄く目を開き、ぼんやりと中佐の顔が離れていくのを眺めていると、突然、目の前が暗くなった。 私は中佐にブランケットを被せられたらしい。 今日、初めて中佐に感謝をした。 中佐に被せられていなかったら、確実に自分から被っていた。 「……あと、君は私にキスをされても嫌がらないことも分かった。これは大収穫だよ」 キスしたあとの君の顔も相当やばいな。 軽いキスだったのにあの表情はないだろう。 ついほかのことまでしてしまいそうだよ。 中佐はブランケット越しに、ぶつぶつとそんなことを言っていたが、耳に入ってくるだけで、頭の中までは入ってこない。 軽いって何なのだろう。 「…いろいろと、間違っているような気がするんですけど…」 「私もだよ。やっぱり私は、君のことになると少々身勝手になってしまうな」 また中佐にブランケットを引っぺがされるのではないかと心配したが、そんなことはされなかった。 代わりに、ブランケットの上から頬に口付けられた。 また顔が熱を持つ。 人の皮膚が、火が出るのではないかと思うくらい熱くなれるなんて、初めて知った。 というか、どうして私はこんなにも顔を熱くしているのだろう。 「でさ、少尉。これからどうする?」 「……寝ます」 「あれ、出掛けないの?」 「寝るって言ったら寝ます」 こんな馬鹿みたいに赤くなった顔を、中佐に見られるわけにはいかない。 また絶対にからかわれる。 「まあ、それでもいいけどね」 何とか頬の熱を冷まそうと手で仰いでいると、中佐は意外な返事を返した。 「デートは人それぞれだと言ったけど、結局は、好きな人と過ごすものだろう?」 あ、ちなみにほかの女性とのデートは、「デート」って言っても遊びだから。 中佐はそう付け足して、私の頭を撫でた。 私は、いつブランケットの中から出られるのだろう。 |