慌てて手を伸ばしたが、彼女が頭を床に勢いよく打ち付ける方がわずかに早かった。
ごんっ、と聞くだけで痛みに顔をしかめてしまいそうな音が、リビング中に盛大に響いた。
「……大佐の馬鹿」
「東方司令部のあのリザ・ホークアイ中尉」を知る者が見たら誰しもその幼さに驚いてしまうような拗ねた顔で、彼女はぼそりと呟いた。
先ほどの衝撃で後頭部に小さなたんこぶを作ってしまった彼女に、私はソファーの上で絶対安静状態を命じた。
当たり前だが、頭に氷枕をあてて天井を見上げる彼女は完全に機嫌が悪い。
「…中尉、本当にすまない」
ちなみに私は、一応彼女に命令をした身分だが、床に膝をつき頭を下げて謝っている状態だ。
事の発端は、くだらないことに子供の喧嘩の原因とよく似ている。
彼女がソファーに寝そべって寛いでいるところに私も加わり、二人で仲良くじゃれあっている時に、彼女がソファーから転げ落ちてしまったのだ。
彼女があまりにも可愛らしい仕草ばかりするからついつい触ることに夢中になって、彼女の体がソファーからはみ出していることにまったく気が付かなかった。
「リザちゃん、ごめんね」
「リザちゃんって呼ばないでください」
「痛い?」
「平気です」
「…中尉、紳士の中の紳士である私が怪我人相手にこういう発言をするのは非常に情けないのだが…」
「回りくどいですね。何ですか?」
「……もうしない、なんてことはないよな?」
ボタンがほとんど外れている彼女のブラウスに熱い視線を注ぎながら、続きをしたいということを匂わせつつ問う。
はだけたブラウスから覗く白い胸元と色気のない下着は、魅力的すぎてこのまま放っておくにはあまりにももったいない。
「ああ、そのことですか。もちろんしませんよ」
しかし、彼女から返ってきた答えはこれだった。
彼女は乱れたスカートを直し、これ以上見るなと私に圧力をかけるかのように素早くブラウスのボタンを掛けていく。
「…そんなに痛い?」
「痛くないですが気が逸れました」
「ふむ、じゃあムードを作ろうか」
「今日はもう駄目です」
「……さっきはあんなとろけるような笑顔を見せて楽しそうにしてたのに!君もソファーから落ちそうなのに気付かないほど夢中だったくせに!」
「言い掛かりはよしてください」
「うふふって天使のように微笑みながら私のシャツのボタンを鮮やかにはずしてたのに…!」
「…大佐の妄想です。大体ですね、いい大人がソファーから落ちるなんて恥ずかしいですよ。もう嫌です」
話をするのも嫌なのか、彼女は素っ気なく私に背を向けた。
「ちゅーうーい。話だけでも」
「嫌ですってば」
「…中尉…人の話、特に私の話はちゃんと聞きなさいといつも言っているのを忘れたか」
ソファーに上がり、そして彼女の上にも乗り上がり、強引でありつつもたんこぶに気を遣いながら彼女の肩を掴んでこちらを向かせる。
「ちょっと大佐っ!離してください!」
「痛くした分、ちゃーんとお詫びするから」
「気持ち悪いこと言わないでください」
逃げられないように彼女の上に馬乗りになり頬を両手で挟んだ私と、何とか擦り抜けようとする彼女の小さな戦いがここに始まる。
「どけてください」
「嫌だね」
一見色っぽいが実際はくだらないこのやり取りこそが、彼女曰く「いい大人が恥ずかしい」ことだという事実に私達はまだ気が付かない。







アパートの外から聞き慣れた足音が聞こえた時にはすで体が勝手に動いていた。
読みかけの本を閉じてソファーから立ち上がり、急いで玄関の扉を開けると、やはりそこには待ち兼ねた人が驚いた顔で立っていた。
「ただいま。いい子にしてた?」
しかし、この私がわざわざ玄関まで迎えに来たのにも関わらず、彼女の視線は私ではなくすぐさま足元に移った。
私と同じく彼女を待ち侘びていた愛犬も一緒に出迎えに来ていたらしく、彼女の興味は自然とそれに向いたのだ。
「ハヤテ号、大佐にいじめられなかった?」
「……中尉」
私の足元に座りこんで、尻尾を嬉しそうにぱたぱたと振る子犬を撫でている彼女を低い声で呼ぶ。
今日、私は久々の非番であった。
そして、普段なら彼女が帰宅する夜まで寂しく留守番をしている子犬を、私が彼女の部屋で一日面倒を見ることを提案したのだ。
遠慮がちにそれを承諾した彼女は、私が変な理由をつけずに彼女の部屋に堂々と上がりこめることにほくそ笑んだことを知らない。
しかし、その結果がこれだ。
「中尉、私にも何か言うことはないのかね」
私も彼女と同じく屈みこんで視線を合わせることにより、すっかり愛犬を可愛がることに夢中になっている彼女の意識をこちらに向かせる。
彼女は「あら、大佐いたんですか」とでもいうようなすました顔で私を見た。
「大佐、ただ今戻りました。いい子にしてましたか?」
「……おい」
彼女は先ほどまで愛犬にしていたように、私の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。
「冗談です。ハヤテ号を預かってくれてありがとうございます」
彼女は落ち着きのない子犬をたしなめながら、それでも大切そうにそれを胸に抱えて、着替えるために部屋の奥へ行ってしまった。
扉の向こうから「今から何か作りますから、少し待っていてくださいね」という声を、未だ玄関に一人屈みこみながら聞いた。
おいてきぼり。
今の気分はまさにこれだ。
私は今日一日、久しぶりの休日を本や安らぎと共に満喫したが、それでもいつも頭の片隅には彼女の存在があった。
特に用はないが司令部に電話してみようかとソファーから立ち上がり、しかし用もないのに変だと思い止まって座り直す現場を、何度あの犬っころに不思議そうな視線で見られたことか。
この私が、イーストシティで一番いい男が、彼女にとってはあいつより関心を持たれない存在だというのか?
悶々と悩む私に気付くはずもなく、彼女は仕事から帰ってきたというのに、部屋の中を忙しく動き回っていた。
彼女は小さな部屋を行ったり来たりして、私が散らかしたテーブルの上を片付け、愛犬の世話をし、食事を作る。
そんな彼女のうしろを、黒い子犬は当然のようについて回っていた。
時折、彼女はそいつの頭を心底愛おしそうに撫でる。
こういう時、あの小さな犬っころが羨ましく思える。
私が彼女のうしろを追い掛け回したところで、欝陶しがられるだけだ。
決して顔や態度には出さないが、彼女に冷たくされると意外と傷付くのだ。
働き者の彼女をやっと捕まえられたのは、仕事の話ばかりが飛び交った食事のあとだった。
お茶でもいれましょうかと言って台所に向かおうとした彼女の腕を掴んで、無理矢理ソファーに座らせる。
突然の出来事に唖然とする彼女を無視し、勝手に太ももの上に頭を乗せてソファーに横になる。
スカートの薄い布越しに感じる彼女の低い体温と肌の柔らかさが、心地よく、そして昨日触れたばかりだというのに妙に懐かしい。
「…大佐、重いです」
「君の家のソファーは狭いな」
彼女の部屋にあるソファーは小さく、横になると足がわずかにはみ出るのだ。
膝から見上げた彼女は、私の尖った物言いに不思議そうに首を傾げていた。
しかしそれもつかの間、彼女は何か楽しいことでも発見したかのように小さく笑いながら、私の髪に指を絡ませた。
彼女に何度も優しく頭を撫でられ、妙な気持ちになる。
まるで拗ねる子供と、それをあやす母親のようだ。
「大佐、久しぶりの非番はゆっくり過ごせましたか?」
「……今になって聞くんだな」
また不機嫌な声が出てしまう。
「え?」
「食事中は仕事の話ばかりだったじゃないか」
「仕事の話の方が重要ですから」
「君ねえ…」
それが当然だというように返されて、思わずため息がもれる。
彼女は恋人がどんな一日を過ごしていたかを聞くより、上官不在の一日を伝える方が大切らしい。
「それより、今日はゆっくり休めましたか?」
「ああ。いつも口うるさく怒る誰かがいなかったからな。いつもこうならいいのになあ」
「私もです。いつも叱っている人がお休みだったので、久しぶりに心身共に穏やかに過ごせました」
「…君は本当に嫌な女だな…」
嫌味を言えば嫌味で返される。
これも結構傷付くんだぞ。
思わずしかめっ面になった私の顔を直すかのように、髪の毛を指に絡ませ遊んでいた彼女の手が頬をくすぐる。
「大佐って分かりやすくて好きです」
「どういう意味だ?」
「構ってほしいなら素直に言ってください」
「……君の言っている意味が分からん」
図星をつかれるのは苦手だ。
顔を反らして彼女の視線から逃げる。
「じゃあこの体勢は何なんですか?」
「私は無類の太もも好きでね。女性であれば嫌味な君の太ももでも縋りたくなるんだよ」
「そうですか」
「ああ」
彼女の人差し指が、嘘ばかり紡ぐ私の唇の形をゆっくりとなぞり、顎に手を掛けた。
いつになく大胆で艶のある彼女の行動に驚いていると、人形のように整った顔が上から落ちてきた。
まるで一瞬の甘い触れ合いを隠すかのように、柔らかな金髪が頬に降ってきて顔ごと覆う。
「……叱る相手がいないと仕事がはかどって嬉しいですけど、物足りないです」
視界が彼女の顔と金髪しかない狭い世界で、先ほどまで私に触れていた唇が秘密を打ち明けるかのように小さく声で言葉を紡ぐ。
無意識のうちに、私の頬に添えられた彼女の手に自分のそれを重ねていた。
「…そうか」
今まで驚かされていた分を取り返すかのように、あっという間に体勢を入れ換えて、彼女をソファーに組み敷いた。
突然視界がひっくり返り、しかも私に跨がれていることに驚いて目を丸くする彼女は、先ほどの艶めいた様子とは打って変わって少女のように幼い。
「君がそんなに寂しい思いをしたのなら、うんと私に甘えていいぞ」
相変わらず変に高いプライドを捨てられずにいるものの、行動は素直に彼女を求めるものへと変わっていく。
額と額を合わせて、唇を甘く噛んで、舌で耳をくすぐる。
これではまるで私が彼女に甘えているようだ。
しかし珍しく素直な彼女を目の前にして大人しくしている方が難しい。
おまけに今日一日ずっと待ち焦がれていたのだから。
柔らかい体を思い切り抱きしめて、彼女の甘い匂いを吸い込むと、ようやく意地っ張りな顔が綻んだ。
今度は顔中に口付け始めると、くすぐったいのか、彼女はまたくすくすと楽しげに笑い出した。
「本当に分かりやすくて好きですよ、大佐」







世にもくだらない出来事の発端、それは、私の大嫌いな雨の降る午後、ホークアイ中尉がらしくない荒々しい足取りで私の元へやって来たことから始まった。
「大佐、ずいぶんいいご趣味をお持ちで」
地の底まで響きそうなとてつもなく低い声が上から降ってきた。
何事かと、読んでいた本から顔を上げると、そこには殺気を漂わせ静かに怒る中尉が仁王立ちしていた。
東方司令部の者達は、この鋭く吊り上がった目を見ただけでここから逃げ出したくなるだろう。
彼女は黙ってさえすれば絵画の中の女神のように美しいのに、不機嫌になると鬼という異国の怪物に豹変する。
「返してください」
そういうところも含めて大好きだけれどもったいないと、場違いなことを考えていると、中尉が私に手を差し出してきた。
「ん?何をだ?」
つい先ほどまで彼女は、雨だからブラックハヤテ号の散歩に行けないとぼやきながら、家事をしていたはずだった。
私は構ってほしいのを我慢して彼女の邪魔をせず、ソファーで大人しく本を読んでいたのだから、怒られるようなことは何ひとつしていない。
「とぼけないでください。下着、返してください」
「下着?」
突然次から次へとわけの分からないことを言われ、話についていけず首を傾げる。
そんな私にさらに苛立ったのか、彼女は私の方へぐいっと身を乗り出してきた。
「白々しいですね。新手の嫌がらせですか」
「だから何がだ」
「まだ逃げ切るつもりですか?あのですね、今日は雨なので部屋で洗濯物を干していたんです。乾いたので取り込もうとしたら、下着だけすっかりなくなっていたんです。返してください」
下着。なくなる。
それらの単語を聞いた私は、瞬時に本を投げ捨て立ち上がり、中尉の肩をがしりと掴んだ。
「君の下着がなくなっただとっ!?」
「だからそう言っているじゃないですか」
とんだ一大事だというのに、肩を掴まれ前後に大きく揺さ振られている中尉は至って冷静だ。
「下着泥棒かっ!?下着泥棒が出たのか!?」
「ですから、大佐がその下着泥棒でしょう」
「そいつは焼くべきだよな!?そうだよな!?」
「…あの…」
「安心しろ、中尉っ!私が無事に下着を救いだし、君を恐怖に陥れた最低の変態を跡形もなく消し炭にしてやるからな!」
今すぐ発火布で下着泥棒を焼き尽くしたい衝動と怒りを抑え、怯えているであろう中尉を安心させようと抱きしめる。
しかし、彼女は何故か私に軽蔑の眼差しを向けながら、するりと腕の中から抜け出した。
「ですから、その下着泥棒が大佐でしょう?」
「……は?」
「返してください」
「私が下着泥棒…?」
「ええ」
しばしの間、沈黙が訪れ、雨が窓を打つ音だけがリビングに静かに響いた。
まったくもって訳が分からない。
私が中尉の下着を盗むだと?
というか彼女は私を疑って、今までずっと怒っていたというのか?
「そんなの有り得ないじゃないか!」
「ええ、部下の下着を盗むなんて有り得ませんよね」
「…ちょっと待て中尉。なぜ私を疑うんだ?」
「私に嫌がらせをして喜ぶのは大佐しかいないからです」
「どうしてよりによって下着がなくなった時に真っ先に私を犯人だと思うんだ!?傷付くじゃないか!」
「私をいじめて遊ぶのは大佐しかいないからです」
「私が君の下着を盗むなんて陰湿な真似をするわけないだろう!欲しい時は正々堂々と申し出る!」
「……やめてください」
彼女は付き合ってられないとでも言いたげにため息をつき、勢いよくソファーへと腰を降ろした。
「普通は、私ではなくすぐに下着泥棒の心配をするべきなんじゃないか?早く探して燃やそう」
続いて私も彼女の隣に座る。
「今日は朝から雨だったので、洗濯物を一度も外に出さず寝室で干していたんです」
「ほう。寝室にはベランダに繋がる窓があるな。犯人はその窓から侵入したのかもしれない。よし、焼こう」
「今日、大佐は錬金術で勝手に玄関の鍵を壊して侵入してきましたよね」
「犯人を捕まえたあとも、念のために引っ越した方がいいぞ。私の家に来なさい。さ、泥棒をなぶり焼きに行くぞ」
「この小さい部屋に軍人が二人いて侵入者に気付かないことなんてあります?」
「…君はどうしても私を犯人にしたいみたいだな」
「私だって上官を疑うのは嫌ですが、この状況と何より日頃の行いからすると、大佐しか考えられないので」
しかし、彼女の言い分にも一理ある。
犯人は、私たち軍人と真っ向勝負できるほど手強いやつなのかもしれない。
「ところで中尉」
「はい?」
「どの下着を盗まれたんだ?」
「…それは…」
盗まれた下着は犯人を捕まえるための重要な手掛かりとなるはずなのだが、彼女は口をつぐんだ。
「君にしては派手な花柄のやつか?それともおまけ程度にレースがついたあれか?」
「……大佐、どうして私の下着にそんなに詳しいんですか」
「上官たるもの副官の下着を把握していて当然だろう。自慢じゃないが君の下着は全部覚えている。上下共にそらで言えるぞ」
「…私ですら知らないんですけど」
ぽつりとそう呟いた彼女の表情が、先ほどより青ざめている気がする。
「昨日は地味すぎる黒だったな…。あれを盗む奴は相当マニアックだぞ。それとも一昨日の質素な…」
「ちょっ、だからどうして大佐が知ってるんですか!」
「君が何を身につけているか知っていて当然じゃないか。…おい、どうしてそっちに行くんだ」
中尉は私と一切目を合わさずに、まるで非難するようにソファーの端に移動した。
「ああ、もしかして」
「…な、何ですか」
頑なにこちらを見ようとしない中尉が、心なしか怯えているように感じる。
「君、意外とおっちょこちょいなところがあるからな。盗まれたと勘違いしているだけで、実はいま身につけているんじゃないか?」
「それは絶対にありません」
「そこまで言うなら確かめようか」
「はあっ!?え…ちょっと!止めてください!」
彼女にじりじりと詰め寄り、逃げられないように両腕を掴んで組み敷き、下半身は足で押さえ付けた。
「私は盗んでいないと主張したのに散々疑われたんだ。確かめる権利はあるだろう」
「大佐っ!嫌ですってば…!この…へ、変態…っ!」
犯人探しといたぶることは、あとでいくらでもできる。
中尉の必死の抵抗を軽々と避けて、疑いを晴らすため、そして疑われた恨みを彼女で晴らすため、私は口角を吊り上げながらブラウスのボタンを外し始めた。

散歩に行けずいじけていたブラックハヤテ号が、何故か件の彼女の下着を口にくわえながらベッドの下で拗ねているのを私達が見付けるのは、数時間後の話だ。







無能の日。
私が怒ると分かっていて、リザはいたずらっぽくそう呟いた。
夕方から降り始めた雨は止む気配をみせず、深夜になった今も雨粒が寝室の窓をうるさく叩いている。
仕返しに、隣に寝ているリザの頬を軽くつまんで引っ張ると、痛くないはずなのに彼女は大袈裟に顔をしかめた。
わざとらしく尖らせた桃色の唇が何とも愛らしい。
先ほど散々貪ったはずなのに、リザが煽るからまた欲しくなる。
リザの頬を抓っていた手を頭の後ろに回して、まるで食べてしまうかのように下唇に軽く噛み付いた。
角度を変えて何度も口付ける度に、シーツの上で柔らかな金髪がするすると動く。
長い口付けの後、ようやく解放されたリザは、何も纏わない白い胸を上下させ、きっとこちらを睨んできた。
それに構わず、唇から溢れた唾液を人差し指で拭ってやる。
「いきなり何するんですか」
「私の悪口を言うとどうなるか思い知らせただけだよ」
「悪口じゃなくて事実です」
「無能って言われると結構傷付くんだぞ」
すっかり紅潮したリザの頬をまた柔らかく引っ張った。
「無能は無能ですから。でも安心してください。私が大佐を守りますから」
突然の奇襲に不機嫌そうにしていたリザが、そう得意げに言い放った。
信じてくださいと言わんばかりに綺麗な瞳で真っ直ぐに私を見つめる様子が、まるで彼女の愛犬のようだ。
「それは頼もしいな」
「任せてください」
リザが誇らしげに言い切る。
可愛らしくはみかむ様が、やはり主人に褒められたブラックハヤテ号のようだ。
こんなに細い腕をしているのに、私の犬は主人を守ろうと意気込んで、そして主人に褒められると素直に喜ぶ。
この金の犬は実に単純で健気な生き物らしい。
本物の犬のように、リザの頭の中は私という主人しかない、と思ってしまってもいいのだろうか。
「…君が犬を可愛がる気持ちがちょっと分かった気がする」
リザが愛犬によくするように、白い体を自分の上に抱き上げて、どうしようもなく込み上げる愛おしさを彼女を抱き締める腕にこめた。







「女性の体は柔らかくて大好きなんだ」
膝の上を跨ぐようにリザを乗せて座らせ、私は至福の時間を味わっていた。
リザを思い切り抱きしめると、ふにゃりと音がしそうなくらい柔らかくて心地よい。
堅苦しい軍服の下に、女性らしいまろやかな肉付きをした身体が隠れていることを知っているのは私だけだ。
ブラウスやスカートを遠慮なくまさぐって、薄い生地の上から温かな肌を撫で回す。
「…幸せだ」
男性である自分の体にはない胸の弾力や太ももの柔らかさに酔いしれる。
指先で触れると柔軟に形を変え、甘く噛めば素直に歯型を受け入れる女性の体はまるで麻薬のようだ。
私がリザの体を愛でている間、彼女は暇なのか、失礼なことに私に白髪がないかをチェックするために髪の毛をいじりはじめた。
「……女性の体は柔らかくて大好きなんだ」
「そうですか」
マシュマロのような胸の間に顔を埋めながら、気を引くためにもう一度呟く。
私には分かる。
今現在抱いている体と過去に抱いた女性の体、どちらが柔らかいのだろうか――私がそのような比較をしているのだろうと、リザは思っているに違いない。
とんだ勘違いだ。
しかし、例え私が昔の女性とリザを比べていようと、彼女にとってはすぐ忘れてしまうほどどうでもいいことなのだ。
リザのその女性らしからぬあっさりとした性格が好きだ。
だからこそ私達はうまくいっている。
同時に、リザが私にまったく興味を持たないところが嫌いだ。
私が未だにリザを振り向かせようと躍起になるからこそ、恥ずかしくも私達はいつまでも付き合いたての恋人達のように初々しくいられるのだ。
膝の上に乗せていたリザの脇腹を掴んで、勢いよくシーツの上に押し倒す。
突然視界が変わったことに、リザは驚きに目を丸くして私を見上げた。
「大佐、何ですか?白髪がまだ見つかってないのですが」
「…白髪があること前提だったのか」
ため息をつきつつ、リザの頬を両手で挟んで、そのまま顔を近付ける。
「白髪じゃなくて、もっと私に興味を持ってくれないと寂しいじゃないか。拗ねるぞ」
リザは都合の悪いことがあるとすぐに顔を伏せたり逸らしたりするが、今は私の両手に固定されているためにできない。
「…変なこと言わないでください」
紅茶色の瞳だけが、居心地悪そうに右上を向いた。
「三十路近いくせに、そういう発言して恥ずかしくないんですか」
憎まれ口を叩く口調に破棄はなく、頬が林檎のように赤く染まっていた。
緩む口元を隠せないまま熱を持った頬に口付け、頬と頬を擦り合わせる。
「女性の体は柔らかくて大好きなんだ」
先ほどよりも体温がぐっと上がった愛おしい体を、子供がぬいぐるみと戯れるように抱きしめる。
「それから、素直な体はもっと大好きだ」








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