「おかえり」
「…まだ服を着ていなかったんですか」
何か着てくださいと言い残して水を飲みにキッチンに行ったのだが、寝室に戻っても上官は裸のままだった。
何も身に纏わずベッドの上でごろごろと寛ぐ大佐の姿はとても三十路近くには見えない。
「君を抱いて寝れば暖かいし」
「抱き枕は嫌ですよ」
「しかし、いいねえ。恋人のパジャマを着て、その裾から覗く脚は最高だよ、中尉」
特に何も考えずに大佐のパジャマの上だけを借りてキッチンへ向かったのだが、それだけで彼は大喜びだ。
私には大きすぎるシャツから伸びる脚を遠慮なく見つめ、大佐はだらりと頬を緩めている。
「恋人」という部分をやけに強調した大佐の物言いに、悔しいが少し照れてしまい、彼ではなく壁の方へ顔を向けた。
「ま、ここに座りなさい」
ベッドに寝そべる大佐が、隣をぽんぽんと叩く。
寝る、ではなく、座る。
大佐の大好きなひざ枕を要求されているのだと気付き、私は大きくため息をついた。
断りたいのは山々だが、ここで逃げると私がひどい目に合うのは、先ほどの行為で十分に分かりきっている。
「…ちょっとだけですよ」
仕方がなく大佐の隣に腰を降ろし正座を崩して座ると、彼は目を輝かせて嬉しそうに太ももに頭を乗せた。
大佐の汗ばんだ黒髪まで、肌の上を嬉しそうにすべる。
「…太ももは最高だ…」
大佐の吐息が素肌をくすぐる。
下着を身に付けず、シャツだけを着てひざ枕をするのは何だか心許なく、そわそわとしてしまう。
太ももに頬を埋めるだけでなく、そろりと腰の方まで伸びてきた大佐の手をすかさずぺちりと叩いた。
それでも大佐はひざ枕がそんなに嬉しいのか、幸せそうにへらへらと笑っている。
「うん、汗ばんだ柔らかい太ももは実に最高だ」
「…セクハラ発言はやめてください」
「吸い付くように白くもちもちしているから、ついつい痕をつけたくなるよ」
大佐は無邪気に笑って、しかし二つの黒い瞳で悪戯っぽく私を見上げた。
「駄目です!」
何が楽しいのか先ほど大佐が脚に残したたくさんの赤い痕を見て、私はぴしゃりと怒鳴った。
「大体、先ほど散々…」
「散々?」
「…さ、さんざん…」
「散々…何?」
先ほどのことを思い出し、つい頬がさあっと赤くなり熱を持つ。
大佐の目的はこれだったのか。
戸惑う私を見て、満足そうにニヤニヤと笑い太ももに頬擦りをする大佐は、本当に子供だ。







ベッドの上で俯せに寝転んで、リザは眠る前の読書を楽しんでいた。
最初は長い脚をゆらゆらと子供のように動かしながら読んでいたのだが、よほど面白い本なのか、今は組んだ脚をぴたりと止めて文章に熱中している。
膝から下を折り曲げて天井に向け、ベッドから浮いているふくらはぎを交差させたままの体勢で読書をしていて疲れないのかと疑問に思う。
私はというと、ベッドの近くの椅子に姿勢良く座り、今日の新聞をめくりながらリザが読書をしている様子を盗み見ている。
「夏の部屋着です」とリザが言い張る今の彼女の恰好は下着に近い。
素肌にキャミソールを着て、ぴらぴらとした薄手の短いショートパンツだけを着ているなんて下着姿も同然だ。
だから目がいってしまっても仕方がないと言い訳をしながら、私は黒いショートパンツから伸びる白い脚をじっくり眺めた。
リザが呆れるほど私は彼女のマシュマロのような可愛らしい太ももを愛しているが、鍛えられ引き締まったふくらはぎも大好きだ。
天井を指しているつま先から、ひっそりとリザの脚を視線でなぞる。
形の良い爪、軍人にしては小さく真っ白な踵、骨が綺麗に浮き出ているくるぶし。
手で簡単に掴めそうな細い足首から伸びるふくらはぎは、女性らしい柔らかな美しい線を描いている。
実際に触ると病み付きになるほど柔らかく、ひざ枕をしてもらいながらふくらはぎを指で摘み、足首にキスをするのが楽しい。
しなやかなアキレス腱、白い膝、そしてその上には至福の時間を味わうことができる愛おしい太ももが存在する。
今日も細く美しいフォルムを描き、それでいて素晴らしい弾力を期待させる肉付きだと、私は満足げに頬を緩める。
そして、今はショートパンツに隠れているしっとりと柔らかく……。
と、つま先からリザの身体の線をねっとりと観察していたのだが、ふと視線を感じて腰から顔へと目を移す。
すると、本に夢中だったはずのリザが、眉を寄せ私を怪訝そうに眺めていた。
「…何か用ですか?」
「いや、何も」
「じゃあどうしてずっと見ているんですか」
「ずっと?何を言っているんだ。私は新聞を読んでいるだけだ」
「そうですか」
「ああ」
「…大佐」
「何だ」
「新聞、逆さまです」







「急に風が強くなってきましたね」
つい先ほどまで暑い暑いとリザと二人で言い合っていたのだが、開けていた窓から突然風が入り込み、テーブルに置いていた新聞が盛大にめくれた。
少しでも涼もうと部屋にある窓をすべて開けていたのだが、そこから侵入してくる風はリビングにあるものを吹き飛ばそうとするように強く、そして湿っぽい。
「雨が降りそうだな」
「そうですね」
ソファーから急いで飛び降り、リザはてきぱきとリビングやキッチンの窓を閉めていく。
窓から見える空はどんよりと暗く、通常ならまだ明るい時間だというのに厚い雲が太陽を隠してしまった。
「ひゃ!」
ベランダの窓を閉めに向かったリザが素っ頓狂な声を上げた。
どうしたのかと覗きに行くと、リザは正面から思いきり突風に煽られ、長く美しい髪の毛がぐしゃぐしゃに乱れていた。
柔らかな金髪が顔に掛かり、目や鼻をすっかり隠してしまっている。
「…びっくりした」
そう呟きながら、リザは乱れた髪を直すためなのか、いきなり頭をぶんぶんと振り始めた。
その金の髪を振り乱すリザの姿を見て、彼女の後ろに立ち尽くしながら思わずぷっと吹き出す。
「…なんですか」
まだ頬に髪の束をいくつも張り付けながら、私に笑われたリザが不機嫌そうに振り返る。
「子供か君は」
「え?」
「レディーが頭を犬のように振って髪型を直すだなんて、君が初めてだ」
リザが一生懸命頭を振る様子は、体を洗い終えたあとの犬そっくりだった。
まだくすくすと笑いながら腹に手を回し、リザを背中から抱きしめる。
もう片方の手で、いろんな方向を向いているなめらかな髪の毛に触れた。
「君ね、もう少し大事に髪を扱いなさい」
頬や目の上に掛かっている髪を後ろから丁寧に直してやる。
「あの豪快な直し方が許されるのは子供までだぞ」
リザは私に時間を掛けて髪を直されながら、むっとした表情を浮かべたまま黙っていた。
髪を伸ばすのは初めてだと言っていたリザが、たまに長い髪の扱いに困っている姿を何度か目にしてきた。
今回も慣れない故に、手で直す前に首を降って顔から髪を払いのけるという方法を思い付いたのだろう。
ほかの女性がこんなことをしていたら失笑ものだが、リザがすると愛おしい気持ちで満たされる。
子供じみていて実に可愛らしいと、冷静なリザの意外な一面を見ることができて嬉しいとすら思う。
リザが痛いと文句を言うほど思いきり抱きしめたく衝動を抑えながら、綺麗な金の髪を手で梳き元通りに直した。
「はい、終わり」
「…ありがとうございます」
まだ窓を閉めておらずガラス越しではない景色をじっと見つめていたリザは、振り返らずに前を見たまま居心地悪そうに礼を述べた。
しかし腹に回した私の片手を振り払う気配はない。
もう片方の腕も腹に回し前で手を組み、リザを私の胸に寄り掛からせるようにして抱きしめた。
「暗くなってきたな」
「…ええ」
街の遠く向こうにある山の上が黒く濁った色をしている。
上を見上げると灰色の空からは今にも雨が降り出しそうで、風もますます強く冷たくなってきた。
「今夜は荒れるな」
ベランダから見える景色は嵐が来ることを予期させ、思わず眉を寄せる。
「雷も鳴るかもしれないな」
リザに話し掛けるが、返事が返って来ない。
まだからかわれたことを怒っているのかと下を見ると、首を傾けてこちらをじっと見上げているリザと目が合った。
まさかずっと見られていたのだろうかとわずかに驚く。
「…中尉?」
「あ…ごめんなさい」
私の顔を盗み見ていたことを詫びるリザに怒りは感じられなかった。
代わりに、伏せた目から照れのようなものを感じる。
「この位置から大佐を見るのが新鮮で、つい」
背中を私の体に預け、首を反らして後ろにいる私を見つめるリザの顔が近い。
確かにこの位置と体勢で、リザを見下ろすのは新鮮だ。
口付けるにはちょう良い距離だと思うのと同時に、行動に移していた。
私が綺麗に整えた前髪に唇を落とし、続いて鼻先や頬や唇などに何度も軽く口付ける。
リザはそっと瞳を閉じて心地良さそうに口付けを受け入れていた。
「君との距離が近いのは大変嬉しいが」
「…何ですか?」
吐息がリザの形の良い唇に掛かるほどの距離で言葉を紡ぐ。
「私がハボックくらい身長が高くても良かったかな」
リザと身長差がさほどないことを、私はひそかにコンプレックスを抱いていた。
私が遊んできた華奢な女性達と私は、身長差も体格差も、典型的な「街行く恋人達」に当て嵌まり実にバランスが良かった。
しかし愛するリザは鍛えあげられた軍人だ。
私とリザが並ぶとさすがに体格差はあり彼女は華奢に映るが、身長差が私の理想ではない。
私が屈んでリザの顔を覗き込んでいたあの頃が夢のようだと思う。
「どうかな?」
「そんなことないです」という甘い否定の答えを期待して、私はリザの首に頬を擦り寄せた。
以前、リザは身長差を気にするなどくだらないと言い放っていた。
もともとリザは恋愛に疎く、仕事以外で男性に高い身長を求める思考が理解できないのかもしれない。
しかし、リザは後ろを振り向いてこう告げた。
「そうですね」
私の期待や嫉妬などをまったく読み取れない、真ん丸で綺麗な紅茶色の瞳が憎い。
リザは私の問い掛けに恋愛を絡めずに純粋に答えたのだろう。
あっさりと身長が高い方が良いと主張され、甘ったるいムードを簡単にぶち壊したリザに、私は思わず固まってしまった。
先ほどまで熱い口付けを交わしていたというのに、恋愛に疎いにもほどがあるだろう。
「わっ!」
開けっ放しの窓からまた風が入り込み、再びリザの柔らかな髪の毛を乱した。
それに便乗し、私も背後から苛立ちに任せてリザの綺麗な髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「ちょっと…大佐!やめてください!」
「嫌だ」
自ら事を起こし、そして自らのコンプレックスに腹を立てる私の方がよっぽど子供だ。
ぽつり、と空から雨が一滴落ちてきた。
嵐がやってくる。
しかし、その前にアパートの一室で子供じみた小さな嵐が起きようとしていた。







「…中佐」
いつも私から三歩ほど下がって意見を述べる少尉の声が、あまりにも近くて目を見開いた。
すぐ耳に届く少尉の声が、文字の世界から現実へと引き戻した。
資料の中の文章を夢中になって追うあまり気付いていなかったが、うしろに人の気配がある。
また一歩、その気配が私の背中に近付いた。
深夜、誰もいない資料室に少尉と共にこっそりと入り込んだのは数十分前だ。
とある将軍の汚職事件を暴き、邪魔な人間を蹴落とすために私達は寝る間も惜しんで内密に動いており、今はひたすら資料の内容を頭に叩き込んでいる。
「…中佐…」
もう一度、少尉に名を囁かれる。
それと同時にゆっくりと少尉の腕が腹へ回された。
「しょ、少尉…?」
背中から腕によって体を包まれ、心地良い感触と温かさが布越しにじんわりと伝わり、ファイルを持つ手が汗ばむ。
少尉の腕は私を離すまいとするようにぎゅうっと私の体に絡み付いている。
「…動かないでくださいね」
他人に気付かれぬよう室内の明かりを控え目にしているせいか、そうこっそりと告げたいつも通りの少尉の声が色っぽく感じた。
少尉にそう言われるまでもなく私は動けなかった。
背中に何か柔らかいものが遠慮なく押し付けられ、意識がそこに集中してしまう。
肩の辺りで何度も小さな呼吸が繰り返されていてくすぐったい。
後ろから甘い香りが漂い、頭がくらくらしそうだった。
今まで私が少尉を口説いても彼女は「そうですか」とまったく理解しないまま相槌をうち、私は惨敗ばかりだったのにこの状況は何だ。
混乱し硬直している私をよそに、少尉はまるで甘えるように私の背に身を寄せ、ぎゅうっと抱き着いてくる。
寝不足が続いたせいで少尉はおかしくなってしまったのだろうか?
そうであったとしても、十年に一度という割合くらい貴重な今を無駄にするわけにはいかない。
「…リザ!」
私は少尉を抱き締めようと勢いよく振り向いた。
「中佐?」
が、その瞬間に私の体に隙間なく絡み付いていた少尉の腕があっさりと解かれる。
うしろにはうっとりとした表情を浮かべている少尉がいると思ったのだが、突然振り向いた私に驚いている彼女と目が合った。
「…あれ、少尉…?」
「…あ、突然あんなことして驚きましたよね。中佐、ごめんなさい」
「…あ、ああ…」
噛み合わない会話が続く。
少尉は私に詫びると後ろへ下がり、鼻と鼻の先が擦り合いそうな距離から、いつもの私達への距離へと戻る。
甘えているわけでも温もりを求めているわけでもない、いつもの少尉の姿に私は眉を寄せた。
期待した私と、いつも通りけろりとしている少尉の間の温度差は何だ。
「…仕事中だというのに気になってしまって、つい…」
少尉が恥ずかしそうに俯く。
「な、何が?」
「中佐、太られましたね」
「……はあ?」
少尉の素っ頓狂な答えに変な声が出てしまった。
手にしている資料を危うく落とすところだった。
「お腹が少し出ていましたよ」
可愛らしく眉を寄せて、食生活を叱られる。
堅苦しい軍服の上からでも私の体型の変化を見逃さないなんて素晴らしい副官だ。
私の変化に目敏いだなんてこれもひとつの愛だと無理やり盛り上がってみるものの、私に抱き着いてきたのはそのためだったのかと肩を落とす。
「この件が終わったら、私が野菜たっぷりの夕食を作りますから、中佐さえよければいつでも来て下さい」
「……ああ」
その時に、恋愛を知らない恐ろしさ、そして今の思わせぶりな態度へのお返しでもしてやろうか。
しかし私の健康を気遣う純粋すぎる少尉を前にして私はまた何もできず、むしろ振り回されるんだろうとため息をついた。







寒暖の差が激しい夏だとラジオが告げるまでもなく、過ごしにくく迷惑な日々だと辟易していた。
夏のベッドの上は悲しみに満ちている。
シャワーを浴びても体の熱が下がらない熱帯夜は、中尉に暑いから近寄るなと容赦なく蹴られる。
夏本番の暑さから一転し、突然秋のような涼しさが夜を包む肌寒い日は、私を蹴った中尉の脚に引き寄せられる。
暴力まで持ち出して突き放されたかと思えば、次の日にはそれをけろりと忘れて彼女に擦り寄られるのだ。
態度を一変させる彼女に振り回され、心身共に温度差の激しい夜が続いていた。
「…大佐…」
長く柔らかな金髪が布越しに私の胸に寄り添いくすぐる。
今晩は昨日の茹だるような暑さとは打って変わって冷え込んでいる夜だ。
木々を静かに揺らす風は夏に慣れた私達の肌には冷たく、冷え症の中尉は自分を抱き締めるようにして腕を抱えていた。
シーツもひんやり冷たい夜、彼女は私の体の凹凸に身を埋めるかのようにぴたりと寄り添っている。
中尉が身につけている可愛らしいチェック柄のパジャマから、彼女が体を押し当てている分、肌の柔らかさや温かさが私の身にはまり込んでいる。
私の体温が心地良いのか中尉はうっとりと目を閉じており、背中に腕を回すと口元を緩めた。
彼女が作り出した甘ったるい空気に飲み込まれそうになるが、私は決して昨日の悲劇を忘れたわけではない。
昨日は猛暑であった。
中尉は私が側に近付くだけでも彼女は猫が威嚇するかのように迫力満点できつく睨み付け、肌に触れると「いや」という短くも厳しい一言で私を否定した。
しかし負けじと、寒い夜に中尉は遠慮なくべたべたと私にくっついてくるのだから、私だっていいじゃないかと思いベッドの中で裸に近い恰好をしている彼女を抱き締めた。
すると、例の如くとんでもない形相を浮かべた中尉に蹴られた。
そして浴びせられる冷たい一言が「いや」から「きらい」という言葉に変わった。
「これ以上近付かないでください」
熱と喧嘩のせいで頬をわずかに蒸気させ、汗ばんだ肌を晒す色気を増した中尉にそう釘を刺され、伸ばそうとした手を止める。
私に背を向けて眠る中尉の白い肩や首すら私を拒絶しているような雰囲気を醸し出す、暑いはずなのに冷えた夜だったのだ。
「大佐、あったかい」
ふふふと楽しそうに中尉が笑う。
昨日散々私をあしらっておいて、今日はこれだ。
ふん、と私は呆れを含んだため息をつく。
私は都合の良い男に成り下がるつもりはないし、物事はそうスムーズにいかないことを中尉に教えなければいけないようだ。
「大佐」と甘い声を出す彼女の背中を撫でながら、ニヤリと口角を吊り上げる。
まずは昨日の「きらい」を「すき」だと言い直させる必要がある。
恥ずかしさのあまり目尻に涙を浮かべるほど中尉は照れ屋だが、それくらいはしてもらわないといけない。
それから邪魔な服を剥いで、彼女に蹴られた代償をじっくりと払ってもらおう。
それこそ、中尉が泣いてしまうまで。
「…中尉」
「何ですか?」
視線を下へ向けると、昨日の「鷹の目」は嘘だったのかと疑うほど丸く大きな瞳が私を捕らえた。
先ほどまでうとうととし眠りの世界へ入りこもうとしていたせいか私を見上げる表情が幼い。
無防備に薄く開かれた桃色の唇に噛み付こうとしていたことが少しだけ躊躇われる。
パジャマから覗くなめらかな白い肌も、煩悩を含んだ視線で見てはいけないように思えた。
中尉の片手は私のシャツの袖をしっかりと握っている。
銃を握り私を守ってくれるいつも頼もしく見える手が、急に年相応のただの「女性」のものに見えてきた。
「大佐?」
不思議そうに首を傾げて頭に疑問符を浮かべる中尉が、憎たらしいほど可愛らしい。
彼女はこんなに可愛かっただろうか?と凝視してしまう。
可愛い子を泣かせるのは趣味ではない。
「あー…。中尉、おやすみ」
「おやすみなさい」
どこにもいかないからと言うようにシャツを握る中尉の指を私のそれに絡める。
彼女はにこりと笑って嬉しそうにその手を握り、さらに私に身を預けてきた。
ふにゃりとした甘い肉付きの体がぎゅうぎゅうに押し付けられているだけで我慢しよう。
これだから惚れた弱みは嫌なのだと内心で愚痴をこぼしながら、気まぐれな彼女に口付けを落とした。








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