スターマイン



「…なあ、あれは友達だったのか?もしかしてお前、好きだったりしたか?」
足元を歩く黒い犬に話し掛けてみるが、当然「はい」などという返事はない。
「あれは女か?男か?まあどっちにしろあれには多分もう会えないぞ。…悪いことをしたな」
もう一度子犬に話し掛けてみるけれど、見向きもされずに無視されてしまった。
心なしかブラックハヤテ号が拗ねているように思えるが、真相は分からない。
犬の性別の判断ができない私では、リザのように犬との意思の疎通もできないようだ。
先程ブラックハヤテ号に無理やり導かれて出会った真っ白な犬を思い出す。
あれはこの子犬の友人だったらしい。
白い犬の飼い主が女性であったのならば間違いなく私が話し掛けるから、話が弾んで飼い犬の性別を聞き出せたかもしれない。
戻れない過去の出来事を今さら歎いてもどうしようもなく、ベッドで眠っているリザの元へ早く帰ろうと、足早に冬の寂しい路地を歩いた。

リザが風邪をひいた。
定時を過ぎたが、それでもいつもより断然早く仕事を終えて満足していると、ふと書類に目を通すリザの頬が赤いことに気が付いた。
私に捕まえられることを嫌がるリザを慌てて押さえ付け、額に手の平を当てると、やはりそこは熱かった。
リザにどうしたのだと強く問い詰めると、朝からだるかったが、平気だと我慢しているうちにどんどん悪化してしまったと、彼女は小さな声で告白した。
私は急いで司令部から車を出し、リザを彼女の自宅まで送った。
そして、リザが断るのを一切聞かずに、私は彼女の看病をすると主張した。
軽い言い争いの末、私が一度言い出したら絶対に意見を曲げないことを嫌というほど知っているリザは、渋々とそれを受け入れた。
今考えれば、リザはもう私と論争をする気力がなかったのかもしれない。
リザは、まずブラックハヤテ号の散歩をしてほしいと控え目に私にお願いをしてきた。
私は熱のあるリザの看病をすると言っているのに、自分ではなく飼い犬の世話を優先させるところが彼女らしい。
リザを一人にするのは心配だったが、「散歩」という単語を聞き取って目をきらきらと輝かせた子犬を無視するわけにもいかない。
リザをベッドに寝かせ、すぐ戻るから大人しく眠っていなさいと言い残して、私とブラックハヤテ号は外に出た。
適当に外を歩いてすぐにリザのところへ戻るつもりだったのだが、しばらく歩いていると、急にブラックハヤテ号が一声鳴くと嬉しそうにレンガの上を駆け出した。
急に子犬にリードが引っ張られ、足がよろけて危うく転ぶところであった。
慌ててブラックハヤテ号の小さな背中を追い掛け、路地の角を曲がると、そこには真っ白な子犬がいた。
ブラックハヤテ号は白い犬の前でようやく足を止め、そして二匹の犬同士は尻尾を振りながら楽しそうにじゃれ合い始めた。
ブラックハヤテ号の目当ては、どうやらこの白い犬だったらしい。
そして、視線を上げるとそこには白い犬の飼い主が唖然と立ち尽くしていた。

「…中尉のことが好きだったんだろうなあ」
誰に言うでもない呟きが白い吐息と共に宙に消える。
白い犬の飼い主は男で、私の顔とブラックハヤテ号を何度も見比べて目を丸くしていた。
ブラックハヤテ号を連れているのがリザではなく、私であることに驚いていたのだろう。
あの男は混乱しきった様子で、ブラックハヤテ号は元気ですねとか、最近めっきり寒くなったですねとか、私に向かって急にべらべらと話し始めた。
いつもならばリザに対してそのようにたわいもない話をしているのだろうかと、私は小さな苛立ちを覚えた。
リザと男の出会いは愛犬の散歩中で、それから会話を交わす仲になったというところか。
よくよく考えてみれば、普通の職に就く人間ならばこのように遅い時間に犬の散歩などしないだろう。
軍人という特殊な職業に就き、そして私の不真面目な仕事の進め具合に最後まで付き合うために、リザはいつも帰宅が遅くなる。
そんなリザが愛犬の散歩の時間も遅くなるのにあの男は合わせ、犬の散歩の時間を彼女と会えるようにずらしていたに違いない。
男は私を見てあからさまに残念そうな表情を浮かべていた。
私のことをリザの恋人だと勘違いしたのだろう。
まさか上官が部下の犬の散歩をするだなんて思うはずもない。
男は一人で一方的に話すだけ話して、まだブラックハヤテ号と遊びたい様子の白い犬を無理やり引っ張り、肩を落としてとぼとぼと帰って行った。
男は勝手に失恋をしたと思い込み、そして彼の誤解とはいえ私は勝手にリザと彼の仲を引き裂いてしまった。
「私はリザの恋人じゃないんですよ」と、言えたはずなのに。
それなのに、私は男に誤解をさせたままで、真実を告げなかった。
男には悪いことをしたと思う反面、早とちりする方が悪いのだと思う自分もいた。
また一人リザに引っ付こうとする悪い虫が消えたと、私は心のどこかで喜んでいたのだ。

「…おかえりなさい。遅かったですね」
「ああ、犬の散歩は初めてだからね。慣れなくて」
「大丈夫でしたか?」
リザの部屋に戻ると、彼女はベッドに体を横たえたまま、長い散歩から帰ってきた私達を心配そうな表情で迎えた。
愛犬の散歩をしてくれたことの礼を言うリザの頬は未だ赤く、彼女の様子は相変わらず辛そうである。
「君こそ大丈夫か?」
「…あんまり」
リザがため息と一緒に、珍しく弱々しい声で本音をもらす。
リザの額の上に置いた水で濡らしたタオルはもう熱くなっており、慌てて取り替えた。
「…あの、大佐…ハヤテ号に餌を…」
「ああ。分かっているよ」
キッチンに向かい、棚からドッグフードの入った箱を取り出すと、その音に反応したのかブラックハヤテ号が私の足元に寄って来た。
私を見上げるブラックハヤテ号の瞳をまじまじと見つめても、この子犬が怒っているのか、それとも何とも思っていないのかまったく分からない。
「…お前には本当に悪いことをしたなあ」
皿にドッグフードを盛りながら、私よりも餌に意識が向いている子犬に謝る。
あの男と白い犬は、もうリザの前には現れないかもしれない。
もし私が「恋人ではない」と誤解を解いていれば、今の私のようにあの男がリザの恋人として、彼女を看病する未来があったのかもしれないのに。
私はリザのひとつの出会いと未来を奪ってしまったのだ。
「…卑怯だな」
自嘲の笑みを浮かべながら深いため息をついた。
私とリザは結束の強い上官と副官という関係だけれど、同時に昔からお互いを知っているせいか、家族のような間柄でもあった。
リザは私にとって可愛い妹のような存在であり、そして彼女も私のことをまるで兄のように思ってくれている。
アイロンをしっかりと掛けたワイシャツのように真っ直ぐで、いつも完璧でありたいと思う真面目なリザが風邪で弱った姿を見せるなど、普通ならば考えられない話だ。
しかし、私にだけは躊躇いもなく熱に苛まれてベッドに寝込む姿を見せるのは、本物の兄妹のようにリザが私に気を許しているからだろう。
リザが心置きなく私にすべてをさらけ出してくれるのは嬉しいが、同時にもどかしくもあった。
リザは私の本当の気持ちを知らないのだ。
私にとってリザは家族や妹以上の存在になっていることを、彼女は知らない。
出会ったばかりの頃は可愛らしい妹ができたようで嬉しかったのは確かだし、家族のように遠慮のいらない間柄なのは今も否定しない。
しかし、私の目に映るリザはもはや家族や妹ではなく、恋愛対象である異性で一人の女性なのだ。
私は気付けばリザに恋心を抱き、ずっと彼女を愛してきた。
しかし、私はリザに異性に対する愛情を持っていることを明かさず、いつも兄として彼女の側にいた。
リザを女として見ていることを隠し、男としてではなく兄のように振る舞い続けてきたのだ。
そして、兄を気取りながらも、リザに近付こうとする奴らは男として嫉妬から排除していった。
卑怯だ。
隙のないリザが私にだけは気を許してくれるのが嬉しくて、私は兄を演じ続けた。
もしリザに男である私を見せたらこの心地良い関係が崩れ、彼女を失ってしまうかもしれないことが怖かった。
だから、ずっと特別な感情を抱いていない振りをしてきたのだ。
そのくせ、友人同士や上官と下士官という今までの関係が壊れることを厭わずリザに全力でぶつかる奴らを、私は、簡単に彼女から奪ってきた。
私は兄というリザが疑いもせず信頼を置いてくれる立場にどっかりと座り、優しい兄として振る舞って彼女の側にいるだけで、何もしてこなかった。
「……このままじゃいけないよな」
ワンと、餌を食べることに夢中だったブラックハヤテ号が私の呟きに反応するように一声鳴いた。

「何か作るから、少し待っていてくれないか」
キッチンから寝室に戻り、額のタオルを替えながら告げると、私の言葉を聞いたリザがかすかに眉を寄せた。
「…あの…大佐、何か作れるんですか?」
リザが恐る恐る尋ねるので思わず苦笑してしまう。
「私だってスープくらいは作れるさ」
私に料理ができるのか疑っている心配そうなリザを残して、再びキッチンへ向かった。
野菜も料理道具もどこに何があるかさっぱり分からずに途方に暮れたが、気を取り直してスープを作り始める。
リザは私の家のキッチンも軽々と使いこなすのになと、小さくため息をつきながら、時間を掛けて探し出した鍋を棚から取り出した。
包丁を握るのはずいぶんと久しぶりだ。
リザのために料理を作るのは、恥ずかしいが初めてかもしれない。
私はいつもリザに夕食を作ってほしいと彼女を家に呼んだり、「お腹がすいた」と彼女の部屋に無理やり押しかけたりしているのに、呆れてしまう。
リザはいつも「仕方のない兄」のために、文句を言いながらも温かでおいしい料理を作ってくれた。
私がいなければ、今頃リザはほかの男に料理を振る舞っていたかもしれない。
やはり、このまま自分を偽ったままリザを私の元に置き、勝手に彼女を独占するのはいけないのだ。

「わあ…」
リザは、ベッドから体を起こし、私が作った野菜がたっぷりと入ったスープを覗き込むと感動したように声を上げた。
「すごいですね、大佐」
「…これしきのことでそんなに感激しないでほしいんだが」
ベッドの横に椅子を起き、そこに腰を下ろしながらやや傷付いたように呟く。
驚いたように、そして私を見直したように表情をきらきらと明るくしてスープを見ているリザの姿にまた苦笑してしまう。
「ほら、あーんして」
スプーンでスープをすくってリザの口元にもっていくと、彼女はきょとんとした表情で私を見た。
「…そんな…私、子供じゃないんですから」
口元に運ばれたスプーンの意味をようやく理解したリザが、唇を尖らせて恥ずかしそうに言う。
「君は病人なんだぞ。いいから今は遠慮なく甘えなさい」
「…甘えるとかそういう問題じゃなく…」
「ほら、あーん」
しつこく口元にスプーンを差し出すと、リザは観念したように渋々と小さく口を開けた。
照れたようにスープを飲み込むリザが可愛らしくて目を細めて眺めながら、さらに彼女の口元にスプーンを運ぶ。
「明日には熱が下がるといいな」
「そうですね…。…大佐に風邪が移らないといいんですけど」
「私は大丈夫だよ」
スープを食べ終えたリザを再びベッドに寝かせ、ブランケットを掛け直す。
洗い物をしようとすると、リザに「そこまでしなくていいです」と慌てて止められた。
――今、言うしかないのか。
食器でも洗って時間を稼ごうとしたのだが、天は逃げようとする私に味方をしてくれなかった。
再び椅子に座り、熱で頬が赤く染まっているリザを見下ろす。
この距離で、リザが心を許している今の近さで彼女を見ることが、もしかしたら今夜で最後になるかもしれないと思うと、急に寂しさを覚えた。
そして自分がかなり緊張していることに気が付いた。
情けないことに手に汗をかいている。
そして、つくづく自分は卑怯だなと思った。
リザが風邪をひいている時に、彼女の思考がいつもより鈍い時に想いを告げるなんてずるい。
明日になりリザの風邪が治れば、もしかしたら意識が朦朧としている時に聞いた私の告白を忘れているかもしれない――なんて、甘いことを考えてしまう。
リザを失うことに臆病になっている私は、いつも通りの彼女に本当のことを話すだなんて、この先ずっとできないだろう。
今しかないのだ。
「……中尉」
「何ですか?」
「話があるんだ」
リザの紅茶色の瞳をじっと見つめ、一言一言を噛み締めるように口にする。
女性を前にしてこんなにも緊張しているのは、私の人生の中で今が初めてかもしれない。
「どうしたんですか…改まって」
「好きなんだ」
「え?」
急に表情を強張らせ、真剣な声色でそう告げた私を見つめ、リザは不思議そうに首を傾げた。
リザは私から想いを告げられるなど思ってもいないだろうし、第一彼女は私のことを異性ではなく兄のように思っているのだから、無理もない話だ。
「急に何を言うかと思えば…。本当にどうしたんですか?」
瞬きを忘れるほど真剣な私に対し、リザは口元に小さな笑みを作った。
「いつかは言わなければいけないと思っていたんだ」
「私も好きですよ、大佐」
リザは私の告白を冗談と受け取ったのだろう。
リザは突然好きだと告げた私に対して疑問を抱いたようだが、笑いながらそれに応じてくれた。
しかし、私がやっと口にした本音を冗談だと思い込んでいるリザの答えは軽い。
「中尉…私は本気なんだ」
「本気?」
リザがまた首を傾げる。
リザをずっと一番近くで見てきたから、彼女が恋愛に関してとても鈍感なのはよく知っている。
リザは私のように本気で告白をした下士官に対して、今のように「私も好きよ」と、本当の意味を分かっていないまま軽く返していた。
もちろん鈍いリザに上手く本心を受け取ってもらえなかった下士官達は皆落ち込んでいた。
そしてリザは、私がずっと隠してきたとはいえ、今まで私の気持ちにちっとも気付かなかったのだからかなり恋愛に疎い女性だ。
どうすればリザにきちんとこの想いが伝わるのだろうか。
「…君の言った『好き』と、私の言った『好き』は違う」
「……どういうことですか?」
私の真剣さにようやく気付いたのか、リザの表情からふと笑みが消えた。
そして、私が言った言葉を理解できないようで、ひどく困惑したように私を見つめてくる。
「愛しているんだ、リザ」
「…え…」
今しかないんだという焦りにも似た気持ちが私の背中を押した。
椅子から立ち上がるなりベッドに身を乗り出し、リザの肩に手を添え、彼女の熱を持った頬にそっと口付けた。
唇が触れた頬は熱く、そして雪のように儚くふわりと柔らかい。
戯れの振りをしてリザに触れてきたことは何度もあるが、私とリザの距離が一番縮まったのは、今まさにこの瞬間だろう。
「……これで分かったか?」
唇と唇が今にも触れ合いそうな近さでリザに問う。
リザは驚きに目を真ん丸く見開いたまま硬直している。
リザから返事はないが、私を見つめたまま固まっている彼女の様子を見て、鈍感な彼女にちゃんと私の真意が伝わったことが分かる。
「…な、何するんですか…!」
しばしの沈黙のあと、ようやくリザが口を開いた。
そしてリザは私から思いきり視線を逸らした。
リザに熱がなければ、もしかしたら突き飛ばされていたかもしれない。
「…すまん。嫌だったか…?」
自業自得とはいえリザの第一声に傷付き、キスなんてするんじゃなかったと反省をしながら椅子に戻る。
「…い、嫌じゃないですけど…っ!何なんですか!」
「…好きって言ったんだ」
「なんで…っ!そ、そんな…急に…!」
「ああ、急ですまない」
「と、突然、そんなことを…言われても…!」
リザはひどく混乱しており、彼女にしては珍しく思ったことをそのまま口にしている。
「…急にそんなことを言われても…こ、困りますっ!」
「中尉っ?」
リザはそう小さく叫ぶと、額にタオルを乗せているのも構わずブランケットの中へ逃げてしまった。
リザが先程までいた場所には、額の上に乗っていた濡れたタオルがぽつんとあるだけだ。
「ちゅ、中尉?」
リザの行動に驚いてブランケットをめくろうとしたが、リザに強い力で引っ張られてしまい叶わない。
ブランケットからかすかに覗くリザの頬は、先程よりも赤みが増している気がした。
恥ずかしいのだろうか、それとも、怒っているのだろうか。
リザは私の顔など見たくないのかもしれない。
「…中尉、本当にすまない。勝手だが今のことは忘れてくれ。嫌だったらもう…」
「…い、嫌だなんて言ってません!」
「最後まで聞いてくれ、中尉。君を困らせたくないんだ。迷惑ならば…」
「迷惑とも言ってないですっ!」
ブランケットの中から聞こえるリザのくぐもった声が私の話を遮る。
「…でも、困るだろう?」
「…こ…まり…ます…」
「だから…」
「…どうしよう…」
「え?」
ブランケットの中から聞こえてきた小さな声に思わず耳を疑った。
今のことは忘れてくれて構わないし、私の気持ちが迷惑ならば個人的にはもう会わなくてもいいと言おうとしたのだが、どうやらリザは私とは別のことを考えているらしい。
「大佐が私のこと…、す、好きだなんて…。これから私、どうすればいいんですか…」
「…それは…何も君は今まで通りでいいんじゃないか?」
振られた私は落ち込むが、私を振ったリザは別にダメージを受けないのだから今まで通りで良いと思うのだが。
それとも、優しいリザは私のことを気遣って気に病むだろうか。
「…今まで通りなんて…無理です…」
またリザは弱々しい声で呟く。
もしかしたらリザは、今まで通り、私達の間に何事もなかったかのように不器用ながらもそう振る舞うつもりなのだろうか。
「…中尉、別に私に気を遣う必要はないぞ。君らしく、嫌いなら嫌いってはっきりしていればいい…と思うんだが…」
「だから嫌いなんて言ってません!…ああもう、どうしよう…」
この今にも泣きそうな声が聞こえてきたきり、リザはそれから何も話さなくなってしまった。

「あれ…。中尉、休みなんですか?」
次の日、執務室の扉を開けたハボックが、いつも私の側に控えるリザの姿がないことに気が付きそう尋ねてきた。
「…ああ、風邪でな」
「やっぱりですか。中尉、昨日少し具合悪いって言ってましたもんね。一晩寝れば治るなんて言ってたけど、やっぱり少しじゃなくかなり具合悪かったんですねー」
「……そうだな」
「中尉はいつも無理しますね」というハボックの苦笑交じりの言葉に、歯切れ悪く答える。
「そういえば大佐が中尉のことを家まで送ったんですよね。…まさか、あんた中尉に変なことしたんじゃないですかー?」
「…だ、誰がそんなことするかっ!」
「……じょ、冗談ですよ…」
いつものハボックの冗談を上手く受け流すことができず、思わず怒鳴ってしまった。
ハボックは突然執務室に響いた大声に目を丸くしている。
――いや、こいつが言ったことは冗談ではないかもしれない。
「……大佐のせいで熱が上がりました」
今朝、リザが怨みがましく呟いた言葉が頭を過ぎる。
昨晩はリザがブランケットから出てくるのを待っている間に、私は椅子に座ったまま寝てしまったのだ。
朝に目を覚まし、思いがけずリザの部屋に泊まり込んでしまったことを一人で焦っていると、彼女がぽつりとそう言ったのだ。
リザはもうとっくに目を覚ましており、そして彼女の顔は真っ赤だった。
慌てて体温計で熱を計ると、驚くべきことに昨日よりぐっと熱が上がっていた。
昨日食べさせた私が作ったスープに何か悪いものが含まれており、あれがまずかったのかと私は焦った。
しかし、高熱があり喋ることも辛そうなリザはこう言った。
「…一晩寝れば治るはずだったのに…。大佐のせいです…」
リザは未だ私から徹底して目を逸らしたまま、拗ねたように唇を尖らせてそう文句を言った。
それから――
「……責任、ちゃんと取ってくださいね」
軽い朝食や氷枕などを用意して、出勤時刻の迫っていることに慌てながら部屋を出ようとする私の背中に向かって、リザはそう言った。
リザの発言に驚いてうしろを振り向くと、彼女はまたブランケットの中へと逃げてしまった。
リザの熱が上がった責任を――私が取っていいのだろうか。
朝からそのことばかり考えてしまって仕事に手がつかない。
リザに怒られるだろうか。
リザは、またいつものように私を叱ってくれるのだろうか。
夕方にまたリザの部屋に向かうつもりなのだが、どのような顔をして会えばよいのだろう。
心なしか照れているように聞こえたあのリザの言葉を思い出す度に、風邪をひいてもいないのに体が熱くなるから困っている。








back





inserted by FC2 system