ロイ×エリザベス



ロイ・マスタング大佐がリザ・ホークアイ中尉に触れることはない。
上官と副官という関係なのだから、それは当然、当たり前の話だ。
マスタング大佐は上を目指すためにホークアイ中尉の協力と護衛が必要で、ホークアイ中尉は過去の罪を償うためにマスタング大佐の力が必要だから守る。
でも、私もあの人も「上に行くために互いが不可欠」という以外の感情を持っていた。
お互いを思う気持ちが、出会った頃の幼い恋心を引きずっているのか、それとも国民を殺した痛みを舐め合いたいだけなのか、過去を含めただ純粋に愛しているのか――追究はしない。
気付かない振りをしてきた真実を知ってしまうのは、怖い。
だって私は、女でも、国のために仕える模範的な軍人でもなく、あの人の犬だから役に立つ存在なのだ。
犬以外の存在になった私は、ただ邪魔なだけ。
けれど、私もあの人も軍人の顔をして知らない振りをしているけれど、確かに、あの人を思う時、名前のつけられない感情が沸き起こる。
触れれば火傷しそうなほどの熱い気持ち。
あの人は私を思うときに何を考えるのだろう。
あの人がどうしても欲しい夜があった。
そして、あの人も私を欲していた。
代わりの人間などいない。
お互いではないと補えない渇きに息が苦しくなるほどだ。
だから、私は「エリザベス」になり、あの人は「ロイさん」になる。
口紅をいつもより濃く引いて、「ロイさん」がプレゼントをしてくれたドレスを身に纏い、彼に会いに行く。
彼は、きっちりとネクタイを締めたスーツ姿で私を家に迎える。
彼のリビングのソファーに座りながら交わされる「エリザベス」と「ロイさん」の会話は、まるで飲み屋で働く女とその客のよう。
ロイ・マスタング大佐とリザ・ホークアイ中尉の時ならば絶対に口にしない甘い言葉を耳元で囁きあって、ワインを飲みながら意味もなくお互いに触れる。
いちいち女らしく、そして男性に慣れたように振る舞う私に対し、彼もまたロイ・マスタング大佐とは違う「エリザベス」という女に夢中な男を演じる。
指を絡めて、口付けをして、素肌を合わせて抱き合って、溶けて混ざり合ってしまいそうな熱さでひとつになる。
ロイ・マスタング大佐ではなく、リザ・ホークアイ中尉でもない。
別の人間を演じて、私達が軍服を着ている時では満たされないぽっかりと開いた心の隙間を貪欲に埋める。
朝になったら、何もなかったように上官と副官に戻るのが暗黙のルール。
それから、「エリザベス」と「ロイさん」以上の関係にならないのが、口にしなくても自然と決まった約束。
私とあの人は、ただの飲み屋の女と客で、それ以上の関係を望まず、相手を求めず、深入りはしない。
そして、今日もまた、エリザベスを演じて、あの人に触れることのできる夜がやってきた。
「エリザベス?」
「…ロイ…さん…?」
名前を呼ばれて反応したが、自分の置かれた状況がいまいち掴めなかった。
重い瞼を開けると、テーブルの上に上等なワインとグラスが二つ置いてあるのが目に映る。
「起きたのか」
やけに近くで聞こえる彼の耳に心地良い声。
私はソファーに座り、そして彼の肩に頭を乗せて寄り掛かっていることに気付く。
「…私…寝ていたの…?」
「ああ。ワインを少し飲み過ぎたかな」
まだ眠いのか、ぼんやりとした頭で彼の肩から寄り掛かっていた体を離す。
以前、彼がプレゼントをしてくれた花の飾りのついた髪留めで髪をうしろでひとつに結っていたのだが、彼に寄り掛かっていたせいか、一束はらりと耳の横にこぼれ落ちる。
その髪を緩慢な動きで耳に掛けると、彼が私を見て唇を綻ばせた。
「君は何をしても絵になるな。素敵だ」
「…お上手ね…」
反射的に言葉を返すけれど、眠りから覚めたばかりの頭はまだうまく機能しない。
私、眠ってしまうほど飲んだかしら?
テーブルの上のワインのボトルを確認しようとすると、その前に彼の指が私の顎を捕らえた。
顎に触れた彼の指に力が込められ、私を上向かせる。
ぼうっとしたまま、吸い寄せられるように彼の黒い瞳を見つめていると、彼の顔が近付いてきて、口付けられた。
「…ん…っ」
舌を絡めとられるだけで甘ったるい声がもれてしまった。
彼の舌が我が物顔で暴れる度、体の芯から、かあっと熱くなる。
また声を出してしまいそうで、気付けば彼のシャツを皺になるほど強く掴んでいた。
こんなの、私らしくない。
彼が唇を離すと唾液が私と彼を繋いで、人差し指で彼がそれを切る。
私の唇から溢れた唾液も、彼が親指で拭ってくれた。
私はいつものように彼の唇についてしまった口紅を拭き取るため手を伸ばしたいのだけれど、両手はまだ彼のシャツを力強く掴んでいて、肩を揺らしながら呼吸を整えていた。
彼が私の肩を指先で軽くトンと押すだけで、体が簡単にソファーの上に倒れ込む。
彼は手の甲で口紅を拭うと、私の上に覆いかぶさった。
「…君は…いつも何を考えている?エリザベス」
「…ど…したの…?」
少しワインを飲んだくらいで眠ってしまうなんておかしい。
酔ったからといって、口付けだけでこんなに体がほてるのも変だ。
そしてとうとう舌まで回らなくなってきた。
何かがいつもと違う。
「私が何をしても…いつもどこか冷めている。君は私を求めてこない。私を受け入れようとしない」
ひどい、そんなことないわ、ロイさん。
私、ちゃんとあなたのことを見て、考えているわよ。
信じられない?
いつも通り、宥めるような笑みを浮かべてそう言い返そうとするが、唇からは熱っぽいため息がこぼれるだけだ。
心臓の鼓動がやけに速いことと、体にうっすらと汗をかいていることに眉をひそめる。
「…エリザベス…」
「…なに…?」
「愛しているって、言って」
「…嘘で…いいなら…」
「嘘は駄目だ」
「…ロイ、さん…?」
「エリザベス…言って」
両頬を厚い手の平で包まれ、それだけでドレスから大きく覗く背中がぞくりと粟立つ。
いつもなら「嘘でいいなら、いくらでも」と返せば、彼は「嘘でいいよ」と苦笑するだけなのに、どうして今日はこんなに懇願し、強制させるような態度をとるのだろう。
「…ロイさん…変よ…?」
彼の態度も、この体の熱さも、今日は何もかもが普段と違う。
「ああ、変だな」
私の下唇を舌の先でゆっくりと舐めたあと、彼は自嘲するような笑みを見せた。
「私が抱いた女は必ず私のことを愛していた。…君だけだ、私を愛していないのは」
今にも唇と唇が触れ合いそうな距離で彼が話す。
「だから…情けないことをしてでも言わせたくなる」
彼の唇の両端が軽く上がる。
それは自分自信を嘲笑うようにも、サディスティックに私を見下すようにも見えた。
ふと、彼との長い付き合いから嫌な予感がして息が止まる。
本能が彼から逃げろと警告している。
「…なあ、君が飲んだワインに何が入っていたと思う?」
「…そんな…っ!」
その彼の短い言葉だけですぐに状況が理解できた。
意識が朦朧として眠ってしまったのも、頭がぼうっとして、腕を動かすのも億劫なわりに、体がやけに敏感なのも、すべては彼のせいだったのだ。
「最高に気持ちいい一夜を過ごせるよ、エリザベス。初めてだから耐性がないかな?ほかの男と楽しんだことがあるなら話は別だが」
「なんてことを…!」
彼がしたことが信じられなくて、目を見開いて叫ぶことしかできない。
「君が私を愛そうとしないのは私が嫌いだから?素直にならないから?どちらだ?」
「最低…!」
「…そういうことを言われると、ますます言わせたくなるな。じゃじゃ馬も大人しくなる薬だ。嫌でも素直になるだろうから、少しは手間が省けるかな」
楽しそうに笑う彼は私の背中と膝の裏を抱え、ソファーから軽々と抱き上げた。
「離してっ!」
「女性なのだからおしとやかにしたまえ」
「大嫌い…!」
手足をばたつかせて暴れようとするのだが、体にまったく力が入らなくて、焦りと怒りが募るだけだ。
彼は私の言葉を無視して歩き出す。
彼の足が向かうのは寝室だ。
「いや…!」
寝室に入ると、彼の瞳の色と同じ闇に包まれて、恐ろしくて、彼の腕の中で頭を振る。
このままでは、彼の闇に飲まれて堕ちてしまいそう――
どうして彼がこんなことをするのが分からない。
「求めてはいけない」。
薬を飲まされたと知ると感覚が冴えてしまって、彼に抱き上げられるだけで体が震えるこの状況では、そのルールを簡単に破ってしまいそうだ。
「エリザベス」ではなく、ただの「女」として彼を求めて、受け入れてしまいそうで、怖い。
私が「エリザベス」ではなく「女」になったら、この関係は終わってしまいそう――
「どいて…っ!」
ベッドに放り投げられ、シーツに沈む私の体の上にすぐ覆いかぶさってきた彼の胸を、何とか腕を持ち上げて何度も叩く。
「私がどいたらどうするつもりなんだ?」
「帰るに決まってるでしょう…!?馬鹿げたことに付き合うつもりはないわ!」
「ふうん…いつまで強気でいられるか見物だな。私に逃がす気はないよ。ああ、逃げられないか」
「…あ…!」
ホルターネックのドレスから剥き出しになった肩をねっとりと舌の腹で舐められるだけで、自分のものとは思えない鼻につく声がもれる。
彼はその声を聞いて満足げに笑うと、今度は首筋に強く噛み付いた。
「やだ…!」
噛み付かれて感じるのは痛みではなく快楽で、あまりの刺激に目の前がチカチカとした。
彼の胸を押し返そうとする手を、思わず彼の背中に回してしまいそうになり、またシャツをきつく握って耐える。
力を振り絞って脚で彼の体を蹴り上げようとするが、自らドレスのスリットから脚を晒すだけで終わってしまった。
「…う…っ」
「気持ちいい?」
胸元に痕を残されているだけで簡単に声を出してしまうのが嫌で両手で唇を塞ごうとすると、手首を掴まれて顔の横に縫い止められた。
「ロイさ…離して…っ」
「…あのエリザベスの…」
「ロイさん…っ!」
「男を手玉に取って、いつも私を困らせる、あのエリザベスの泣きそうな声を聞けるなんて、嬉しいね」
ドレスを脱がせないまま、布の上から胸を甘く噛まれて、悲鳴のような声をあげてしまう。
「…あ…っ、だめ…!」
「いいね、その声」
「…はぁ…っ」
「それにとっても良さそうだ」
布越しに、彼は何度も胸の中心を舐めた。
手で口を押さえたいが手首は掴まれたままで、唇を噛み締めてもみっともなく声がもれてしまって、気だけは強く持ちたいが、とうとう泣きそうになる。
「…もう固くなってる」
布越しだが確かに刺激を受け、胸の中心で形を持ち始めた突起を執拗に舐められる。
「いやらしいな、エリザベス」
「ロイさん…やめて…っ!」
「やめて?嘘をつくな。むしろ物足りないはずだ」
顔がさあっと青ざめるが、体は雄を求めてほてり、熱いままだ。
見抜かれていたのかと恥ずかしさから目を閉じる。
布越しなんかじゃ足りない。
直に触られてもきっと満たされない。
彼が飲ませた薬は確実に効いていて、体の中心がじくじくと疼いて仕方ない。
もっとして、ちゃんと触って。
必死に気付かない振りをしてきたが、心のどこかでそう願う自分がいて、はしたない自分に絶望して目尻に涙が浮かぶ。
「…エリザベス、私がほしい?」
耳の輪郭を舌でなぞりながら、彼は私を陥れようとするように、ひどく甘く囁く。
「…触ら…ないで…」
プライドもルールもかなぐり捨てて、触ってとお願いしそうになるのを歯を食いしばって耐え、何とか彼を睨む。
「薬はかなり効いているはずなんだが…相変わらず強情だね」
彼は私の肩を掴んで体を乱暴にひっくり返し、俯せにさせた。
何をするのかと首をうしろへ向けようとすると、布擦れの音が聞こえた。
シーツの上にだらりと垂れた両腕を後ろ手でまとめられ、そして手首に布が巻き付けられる。
「ロイさん!?」
「抵抗されると困るからね」
彼がネクタイを外して私の手首を縛ったのだとやっと気付いた。
必死に手を動かしてみても解ける様子はなく、ただ手首同士を擦り合わせるだけだ。
されるがままの体にもう抵抗する体力など残っていないことを彼は知っているくせに、ひどい仕打ちだ。
「女性に…こんなことをするなんて…」
「思い通りにならない女性は君だけだからな。ついひどくしてしまうよ。許せ」
いつものように強気な口調で批難するものの、これから何をされるのか不安で仕方なくて唇が震える。
「…や…!?」
彼は私の腰を力強く掴んで持ち上げ、私を無理やり膝立ちにさせると、まるで彼に尻を突き出すような体勢にさせた。
後ろ手に手を縛られ、そして肩と膝だけで体を支える格好が苦しい。
そして何よりも、まるで犬のような姿をして恥ずかしい部分を彼に見せていることに嫌悪する。
「やだ…ロイさん…!」
「いい格好だな、エリザベス」
「解いて…っ!」
私の声は彼に届かない。
彼はドレスのスカートを腰までたくしあげると、乱暴に下着を膝まで下ろした。
「…ふうん…」
私を嘲笑うような声が聞こえて、シーツに埋めた頬が一気に熱を持つ。
「もうこんなにして…薬だけのせいじゃないんじゃないか?君はこういうのがお好みなのかな、エリザベス」
「ちが…う…!」
尻にぴたりと大きな手の平が触れ、撫でられる。
たったそれだけで、さあっと全身に鳥肌がたった。
「…どうしてほしい、エリザベス」
彼は私の髪留めを外すと、解放され流れるように一気に広がった髪の毛を梳くように撫でた。
「…私に、触らないで…」
彼に甘く囁かれても懸命に首を振る。
どんなに体が彼がほしいと震えても、「求めてはいけない」というルールを破るまいと、血が出そうなほど強く唇を噛み締める。
「女」になっちゃいけない、唯一彼に触れられるこの関係を終わらせたくない。
「…頑固だな。君らしい」
「…ん…!」
「もうこんなにしているのに」
内股を手の平で上から下までゆっくりと撫でられ、全身に走った痺れに思わず体がふらついたが、彼の太い腕が腰に回されて私を支えた。
彼が触れた部分がひどく淫らなことになっているのは容易に想像がつく。
「いつまで意地を張っていられるかな」
「や…っ…――ああぁっ!」
突然、一番敏感な尖りを指先で押し潰されて、いとも簡単に達してしまった。
静かな寝室に悲鳴にも似た私の高い声が響く。
「すぐにイくんだな…エリザベス、君がこんなにいやらしい女だとは思わなかったよ」
彼の私を蔑む鋭いナイフのような言葉が真っ白になった頭に突き刺さり、意識が現実に戻される。
「君は、淫乱だ」
彼は笑いながら、わざとゆっくりと私に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
その言葉ひとつで、暴力を振るわれるよりも体も心も傷付けられて、溢れた涙がシーツに滲んだ。
泣く私を見て、彼が楽しそうに笑ったのが顔を見なくても分かる。
彼は笑ったまま、ひどく乱れた状態の膣に指先を押し当てた。
「…は…、あ…」
一度達しても感度の高まった体はまだ物足りず、指が膣の入口を掠めるだけで背筋がぞくぞくと痺れる。
指先を少しだけ膣の中に入れられ、びくりと体が緊張した。
気を抜けばもっとしてほしいと懇願してしまいそうで、体を固くさせることで、快楽を欲しがる体と心を何とか抑えつける。
絶対に、欲しいなんて言わない。
女の本能が快楽の渇望を訴えているのを無視しているため、体は震えて、こめかみにじっとりと汗が滲むほど辛いが、一線を越えてはならない。
「足りない?」
声を出せばまた甘く鳴いてしまいそうで、無言で首を振る。
「そうか。私は君からお願いされるまで何もするつもりはないよ」
「…だったら…手を、離して…!」
「いやだね」
ゆっくりと焦らすように、彼の指の第一関節だけが出し入れされる。
もっと奥まで欲しい。
指ではなく彼が欲しい。
喘いでしまうのを我慢しながら、こんなことを望む自分は本当に淫乱なのかもしれないと思い、またみっともなく泣いてしまう。
どうして彼はこんなことをするのだろう。
今まで、彼が「ロイさん」と「エリザベス」の関係に不満を持っているように感じたことはない。
なのに、彼の方から「求めてはいけない」というルールを破った。
彼は、私に求めさせようとしている。
どうしても「好き」と言わせたいのか、まずは体から彼に溺れさせようとしている。
私が彼を求めて溺れてしまったら、飲み屋の女と客以上の関係になるのに――
今まで穏やかに保たれていた均衡を壊して、彼は何がしたいの?
「手…解いて…」
「なあ、聞こえるか。エリザベス」
彼は浅く差し込んだ指をくるりと回して、そこから立つ水音を聞いて遊んでいた。
手を縛られているために耳をふさぐことも口を押さえることもできず、内股の間から聞こえる水音と、自分の荒い呼吸が嫌でも耳に入り、羞恥心で頭がおかしくなりそうだ。
「お願い…一人にして…」
「一人?一人で慰めるつもりか?」
「…違う…っ」
「少し触っているだけなのに、また溢れてきた」
「ロイさん…やめて…」
「膝が震えているぞ、エリザベス。体もとても熱い」
「ロイさんってば…!」
できるだけ冷静に言葉を紡ぐが、どうしても息が荒くなり、声が震える。
いくら無心になろうとしても、欲しい刺激が与えられずにひどく苦しい。
全身にびっしょりと汗かいてドレスに染みを作り、体は熱いのに布は冷たい。
快楽をはしたなく貪りたいと望む体に火をつけられたものの、優しすぎる愛撫だけを執拗に与えられ、どれくらいの時間がたっただろう。
唇を噛み、頭と肩をシーツに強く押し付け、体の疼きに耐えていると、ふと、彼がふっと笑った。
「エリザベス、腰が動いている」
「…え…?」
彼の言葉をすぐに理解できず、聞き返してしまった。
「君は満足しているんじゃなかったのか?まったく、はしたないな」
「…うそ…」
「嘘じゃない」
嘘だと思いたかった。
しかし、気を逸らすことで必死だった頭で恐る恐る意識を下半身に向けると、確かに彼の言う通り私の腰はゆらゆらと揺れていた。
無意識のうちに彼の指をもっと奥まで飲み込もうと、腰が勝手に動いている。
「…や、やだ…」
「嫌?だったら動かなければいい」
「…いや…!」
彼の指を奥まで誘い込もうと腰を押し付ける動きを止めようとしても、止まってくれない。
むしろ、どんどんと奥へ導こうと大きく揺らめかせてしまう。
自分から動けば少しでも快楽を得られ、からっぽの体が満たされることを覚えてしまった。
自分のあまりの淫らさに目の前の景色が目眩のようにぐにゃりと歪み、ぼろぼろと顔に涙が伝う。
――君は、淫乱だ
彼の言葉を思い出す。
否定しようとしても心は完全に打ちのめされており、私は泣きじゃくりながらそれを受け入れようとしていた。
「エリザベス」
ことさら優しい声で彼が私を呼ぶ。
「…もう一度聞く。どうしてほしい?」
「…ひゃ…あ…っ!」
第一関節までしか入っていなかった彼の指が、膣を貫くようにすべて埋め込まれた。
でも違うの。
もっと痛いほど強くしてほしいの。
「…エリザベス?」
「…あ…」
また甘い声で、彼の望む答えを促すように私の名前を囁く。
シーツに押し付けられた胸がどくどくと鳴る。
媚薬を飲まされたのだから、彼が欲しいのは当たり前のことだ。
それに、最初に約束を破ったのは私ではなく彼の方。
ぽっかりと穴の開いた体の中心を満たしてほしくて、言い訳ばかりが頭に浮かぶ。
彼に辱められてプライドはずたずたに破れ、自分の淫らさに心は折れ、もう抵抗する気力は残っていない。
「エリザベス」
彼が今日一番優しく甘い声を出す。
そして、彼の指がゆっくりと膣から抜けていく。
「…や、だ…!」
物足りないとひくつく肉を潤してほしくて、隙間なく満たしてほしくて、咄嗟に叫んでいた。
「いや…!もういや…!」
「何が?」
「ちゃんと…っ、ちゃんとして…!」
「……ほしいの?」
甘く、しかしほくそ笑んでいるように聞こえる彼の言葉に何度も必死で頷く。
「はっきり言ってくれないと分からないな」
「…ほしい、の…!」
「そうか」
彼の唇が弧を描いたのが見えなくても分かる。
そして、彼の指が少々乱暴に奥まで突き刺さった。
寝室に甘ったるい自分の悲鳴が響くのをどこか遠くに感じながら、私は彼の指をどろどろに濡らして達した。
彼の手の中に堕ちてしまった――
それから先のことはよく覚えていない。
腰に回されていた彼の腕が離れ、私はシーツの上に倒れ込んだ。
後ろ手で縛られたまま俯せになるという無理な体勢に腕が痛んだ気がしたが、それよりも絶頂の余韻に脚が震える。
涙で濡れた睫毛を持ち上げると、私が汚した指を舐める彼と目が合った。
こんなに濡らして。
彼の瞳がそう嘲笑っていたが、それすら快楽に変わって熱いため息をはく。
彼は手首のネクタイを解くと、今度は私の体を仰向けにさせる。
膣には彼の熱い塊が押し当てられた。
「ほしい?」
「…ほしい…」
戸惑うことなく答えれば、微笑んだ彼がゆっくりと入ってきて、背を大きくのけ反らせる。
やっと、頑固で寂しく震えるだけだった隙間がいっぱいになった。
縛られていた手首に労うように口付ける彼の黒い頭を胸に引き寄せる。
「エリザベス?」
「…やだ…もっと…!」
私の手首を気にするせいか緩く動く彼の腰に脚を絡め、全然足りないと訴える。
「…もっとして…!」
「ああ…分かったよ」
「…あぁ…!」
焼けそうなほど熱い猛りが奥まで届き、それでももっとほしくて私もめちゃくちゃに腰を動かす。
「…エリザベス…」
ふと、彼は涙と汗でぐちゃぐちゃになった私の両頬を手の平でそっと挟んだ。
彼は額と額を合わせ、私の濡れた瞳を覗き込む。
「私のことが…好きか?」
「…すき…!」
「嘘じゃない?」
「ほんとに…すき…っ」
彼に導かれるように、まるで魔法でもかけられたかのように、今まで頑なに禁じていた言葉をすんなりと口にしてしまった。
「エリザベス」ではない「女」の私が、彼の望むまま好きだと叫ぶ。
そして彼は満足げに笑いながら、より強く私の中に押し入ってきた。
どうして彼はこんなに嬉しそうに笑うのだろう。
あなたは「ロイさん」と「エリザベス」以上の関係なんて興味ないでしょう?
ただ気まぐれで私に意地悪をしたいだけ?
それとも――「エリザベス」ではなく「女」の私の口から聞きたいの?
高熱でも出したように意識が朦朧とし、淫らにも、快楽を得てその喜びだけしか考えられない頭では答えが出せなかった。
何度も彼に貫かれた。
そして気付けば、汗と体液で汚れ、もう使い物にならないドレスを身に纏って、彼の上で腰を振っていた。
少しでも下を向くと彼の肌の上に涙と汗が滴り落ちる。
「あ…っ、ロイさん…!」
すぐに崩れ落ちそうになる私の体を、彼の指が私の腰に食い込み掴むことで支え、そしてもう片方の彼の手は私の指に絡んでいた。
「…ロイさん…っ」
「うん?」
「すき…!」
「うん」
「は…っ…だいすき…!」
「私もだ」
「…や…んあぁ…っ!」
彼に下からトンと軽く突き上げられ、頭のてっぺんからつま先まで電流のような強い快楽に支配されるのを感じながら、掠れた声を上げて彼の上に勢いよく倒れ込んだ。
崩れ落ちる私を抱き留める彼の顔は、ロイ・マスタング大佐でもなく「ロイさん」でもなく、初めて見る「男」のような顔に見えたが、それは涙でぼやけた視界が作った錯覚だったのかもしれない。



「…ん…エリ、ザベス…?」
「…え…?」
名前を呼ばれて返事をしたつもりだが、その声はひどく掠れていて小さかった。
寝返りをうった時にふと目を覚ましたのだが、私を腕に抱いて眠っていた彼を起こしてしまったらしい。
寝起きのせいかやけに頭がぼんやりとして、しばらく、それ以上は何も考えられなかった。
ぐしゃぐしゃに乱れたシーツをぼうっと意味なく見つめる。
体の節々が痛く、特に下腹部が傷でもつけられたかのように痛んで、起き上がれないほどだるい。
どうしてこんなに…。
まだ上手く働かない頭で昨晩の出来事を辿っていると、ふと、少し赤くなった手首が目に映り、その瞬間に記憶が鮮明に蘇った。
「最低っ!」
近くにあった枕を掴むと、少し力を入れることすら億劫な腕を振り上げ、彼の顔に思いきり叩き付けた。
私の攻撃など、しかも寝起きの人間の動きなど簡単に交わせるはずなのに、彼はわざと避けずに大人しく枕に殴られた。
「女性にあんなことするなんて…最低よっ!もう会わない!大嫌い!」
「すまない、エリザベス。そんなこと言わないでくれ。…君はベッドの上でも強気だから、一度大人しくさせて組み敷いてみたかったんだ」
「許せない…!」
「君の媚態は最高だったよ」
金切り声でいくら罵倒しても、彼は動じることなくへらへらと笑っている。
「君は…」
「何よ!?」
「…薬を飲まされると、素直に言うことを聞くんだな」
相変わらず彼は胡散臭い笑顔を浮かべたままだ。
薬を飲まされた怒りよりも、ルールを破ったこと、女の顔を見せたことの失態に思わず涙が出そうになったが、彼はいつもの「ロイさん」だ。
彼の普段通りの態度を見て、少しだけ焦る心が落ち着いた。
次に頭に疑問符を浮かべる。
変わりなく「ロイさん」を演じる彼は、「エリザベス」ではないリザ・ホークアイという女が口にした本音に気付いていないようだ。
昨晩、ルールを破ったのは、たいした意味はなく、ただの思いつきの遊びだったのだろうか。
じっと彼を見つめると、彼は「ん?」と首を傾げ、昨晩のことなど、彼が私に言わせたなどまったく覚えていないように見えた。
――私はまだ「エリザベス」でいられる?
「まだ朝じゃないよ、エリザベス。ゆっくり寝なさい」
「誰のせいで疲れていると思っているのよ」
彼を「エリザベス」らしくきつく睨むと、彼は「ロイさん」らしく肩を竦めた。
昨晩のことは、私にとっては本音を口にしてしまい後悔するべきことであっても、彼にとって別にたいしたことではなく、この関係が壊れる出来事ではなかったようだ。
ただの遊びにしてはやりすぎだと思うが、しかし彼にはサディスティックな面があるのも事実だ。
「好き」と言わせたいのもきっとたいした独占欲からではなく、彼にはそれほど意味のないことで……。
目を閉じると、体が痛むほどの疲労と、まだこの関係を続けられる安堵から急に瞼が重くなり、すぐにまた眠りの世界へ落ちていった。
「…ひどいことをして悪かった、リザ…」
私の乱れた髪を撫でる彼の呟きは、誰にも届かず、だんだんと明るくなり始めた朝の静けさの中に消えた。








back





inserted by FC2 system