※学園パラレルです

「あ、先生っ!」
化学準備室の扉を開けると古びた黒いソファーの上に裸の少女が丸まっていた。
部屋を間違えたか。
一度扉を閉める。
見慣れた扉に、その扉の上には「化学準備室」と書かれたプレート。
いやいや、やはり、ここはほかの化学の教師から分捕った私の部屋だぞ。
学校の部屋なのに私の部屋と化した一室だぞ。
深呼吸をし、もう一度扉を開ける。
「先生、どうしたんですか?」
ソファーの上にはやはり裸の美少女がいた。
しかもリザ・ホークアイ。
何故、皆が頼る優等生で真面目な君が学校内で裸なんだい?
軽く目眩を起こしそうになりながら準備室の扉に鍵を閉め、真っ白な肌を晒すリザを見る。
「…ホークアイ君、何をしているんだ」
「先生、今日は会議だったんですか?部屋に来たら先生いなくて…ずっと待ってたんです」
「いや…だからどうして裸なんだっ!鍵も閉めないで…!誰か来たらどうするつもりなんだ!キンブリーとかキンブリーとかキンブリーとかっ!」
「ここはマスタング先生以外誰も来ないですよ」
リザはソファーの前にある資料や本が積まれたテーブルの上に、制服をきっちりと畳んでいた。
もちろん下着も。
人間二人がやっと座れる狭いソファーにきっちりと収まるように、胸の前に折り曲げた膝を寄せ、リザはまるで猫のように丸くなっている。
華奢なくせに胸や太ももはふっくらとしている白い体。
これを私以外の誰かに見られたらどうするつもりだ。
リザは馬鹿だ。
リザが準備室へ来る時はいつも私がいるから平気だが、私がいない時は鍵を掛けて息をひそめるよう言い聞かせなければいけない。
「説教はあとにして…なんで裸なの?暑いの?」
未だ状況を受け入れられず困惑しながら尋ねる。
リザらしくない行動に驚きを隠せない。
リザはたまに突拍子もないことをするけど、一応真面目な子で、冗談を言うことなども滅多にない。
まあ、下心なしに、純粋な気持ちで、ただ暑いから涼しさを求め、裸になるなんてことは、ちょっと世間からずれているリザならばもしかしたらするかもしれない。
しかしリザはいつも私に服を脱がせられるのを恥ずかしがって、時には涙目になるほど嫌がるのに、自分から裸を見せるだなんて不思議だ。
「先生のこと、待ってたの」
「え?」
「せんせ、リザ、もう待ちくたびれたよ」
黒いソファーに寝そべる白い裸の体というコントラストがなまめかしいリザが、その姿とは正反対に、無邪気に笑う。
「先生、したい」
――したいって、セックスを?
再び固まる私。
上目遣いに私を見るリザ。
「…何を…」
リザに大股で駆け寄り、白衣を脱いで彼女の体を隠すようにばさりと上から掛けた。
「先生?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ」
リザは被せられた白衣から顔を出して、不思議そうに私を見た。
「風邪を引くから早く服を着なさい」
「いやです」
リザは白衣を床に投げ捨ててむっと私を睨んだ。
「したいんだもん」
「…急にどうしたんだ」
「だって最近、先生、忙しかったから…全然話もできなくて…」
「確かにそうだけどな…」
「触ってほしいって思うのは変ですか?」
「…とりあえず白衣でも何でもいいから服を着てくれ。話はそれからだ」
リザはしぶしぶと体を起こし、床から白衣を拾って裸の体に羽織った。
「…先生の匂い…」
腕を袖に通しながら、リザがくんくんと鼻を鳴らして白衣の匂いを嗅ぐ。
白衣を着るとまたリザは体を縮こめてソファーに横になった。
教え子の裸に、私の白衣って…これはこれでやばいな。
思わず口を手で押さえる。
リザから誘われたことなんて初めてだ。
だってリザは恥ずかしがりやで、私に素肌を触られるだけでびくんと肩を跳ねさせて、こういうことになると控え目で…。
自ら裸になって「したい」だなんて手放しで喜びたいところだが、リザに誘惑されているという事実に驚いて、正直動揺していた。
リザをどう扱っていいのか分からなくて、恋人ではなく先生ぶってしまう。
私は、私がしたい時に所構わず、「ここじゃ嫌」なんて言って逃げようとするリザの体を押さえて、好き勝手に貪るくせに、ずいぶん身勝手な男だ。
いろんな女性と遊んできていつも優位に立ってきて、女性を振り回す方だった私が、年下の少女の裸に動揺してどうすればいいのか分からなくなるなんて、私はよほどリザに参っているらしい。
「…先生は私とするの嫌なの?」
「…嫌じゃないけど…学校だぞ」
「いつも学校でするじゃないですか」
「…そうだね」
ソファーの前に屈み込み、リザと視線を合わせる。
なんだかこの少女に手玉に取られている気分だ。
自分がどういう行動を取れば正解なのか分からない。
ここは神聖な学校だし、女の子が裸で男性を誘うなんてはしたないことをしてはないけない…なんて、珍しく教師のようなことを思う。
このまま誘われてしまってリザのいうまま流されるのは、「黒髪の貴公子」として名を馳せた遊び人の男としても、リザをリードする年上の恋人としても、生徒を正しい道に導く先生としても、いけない気がする。
「…先生」
ソファーに寝そべったまま、リザが焦れたように私のシャツの裾を控え目に引っ張る。
模範的な生徒のリザが、恥ずかしがりやの彼女が、勇気を出して誘ってくれるのは大変おいしい状況だけれど、変なプライドや地位が彼女を抱くことを邪魔する。
キスでもすれば満足するか?
リザはいつもキスだけで体から力が抜けて私の胸に寄り掛かってくるし。
「…せんせ…」
もう一度私を呼ぼうとしたリザの桃色の唇を塞ぐ。
床に膝をつき、素早く両手をリザの頭のうしろと頬に回し、こちらに引き寄せた。
いきなり舌をねじ込んでリザの舌と絡ませると、彼女が驚いたようにぎゅっと目を閉じる。
逃げる舌を執拗に追い掛けて、捕まえて、なじる。
「…待って…せんせ…っ」
リザが苦しそうに喉から声を出す。
私のシャツの胸元をくしゃくしゃにしてしがみついていたリザの手は、今は私を遠ざけようと私を押し返している。
それに構わず、舐めて、絡めて、吸って、甘く噛む。
唇を離すとリザは肩を揺らして息をし、頬は事後のように真っ赤だ。
つり目の目が今は眠る直前のように目尻が下がり、潤んでいる。
これで満足しただろうか。
リザの唇の端から溢れていり唾液を親指で拭ってやると、彼女はそれだけでびくりと全身を震わせた。
キスだけでずいぶんと反応がいいと首を傾げながら濡れた唇を指でなぞると、指に熱っぽい吐息が吹きかかる。
ふと思い当たることがあって、キスだけでぐったりとしてソファーに身を預けるリザを見下ろしたまま、白衣の上からそっと胸に触れる。
リザが呼吸をするたびに大きく上下する胸。
その胸の中心が形を持って尖っていた。
まさかと思って、胸から手を離し、今度は、太ももがぴたりと合わさって閉じられている内股の奥に無理やり指をねじ込む。
指先にとろりとした温かい液体が纏わり付き、予想が確信に変わる。
「……濡れてる」
「…え…?」
まだ頬を林檎のように赤くしているリザが首を傾げた。
「…あ…っ」
内股の中心を指で上から下までなぞるとリザが小さく声をあげて、細い指が再びシャツの胸元を掴んだ。
にやりと口の端を上げ、リザの腰を足で挟んでソファーの上に乗り上がり、小さな体の上に馬乗りになる。
キスだけでこんなに濡れるわけがない。
昔の肩書きだとか、恋人だとか先生だとか、あんなに悩んでいた意気地無しは、今はそんなことを都合よく忘れていた。
「ホークアイ君、どうしてこんなに濡れてるんだ」
「…えっ…、先生…?」
「キスだけのせいではないみたいだな」
体の中心を責める指の動きを止めないままリザに問い掛けると、彼女は不思議そうに私を見上げた。
「なあ、私を待っている間、何をしていたんだ?」
「…何って…服を脱いで、ここに寝て、先生を待っていただけです…」
愛撫する手を止めずに尋ねると、リザが快楽に声を震わせながら答える。
「本当に?一人で遊んでいたんじゃないのか?」
「…あそぶ…?」
「待ちきれなくて、一人でいいところを触っていたんじゃないのかな」
「…そんな…っ!」
リザがかあっと顔を赤らめる。
信じられないというように目を丸くし、口をぱくぱくさせながら私を見る。
リザは自慰という行為の存在を今、初めて知ったに違いない。
一応聞いてみただけだ。
まだ性に関して幼く、何より純粋なリザが、自分で自分を慰めることなどできるはずがない。
「…そ、そんなこと…!してないですっ!」
リザは未知の世界に翻弄されたまま、必死に違うと訴える。
大丈夫だ。
リザが否定せずとも、こんなお子様ができるわけないと最初から分かっている。
「…じゃあ…何を考えていたんだ?」
「…先生、遅いなって…」
「それだけ?」
「…暑い…とか…」
「リザは、私がいつもリザにしていることを思い出しながら待っていたんじゃないのか?」
そう言うと、リザの顔がぴくりと強張る。
「…思い出して…ないです…」
「嘘だな。だからこんなに濡れているんだ」
「ち、違います…!」
「私としたかったんだろう?だったら気持ちいいことを想像しても変じゃない。ここを濡らしてリザは私を待っていたわけだ」
「…違う…!」
声を荒らげて否定をするが、リザは先ほどのように私の目を真っ直ぐに見ない。
リザは私に嘘をつく時にいつも目を逸らす。
まったく本当に可愛らしい少女だ。
図星をつかれたせいで恥ずかしいのか、元から丸めていた体を、私の視線から逃げるようにさらに小さく縮こめた。
「どういうことを考えていたのかな、リザ」
「先生のことなんて…考えてない…っ」
「部屋に私がいなくて、すぐにできなくて落ち込んだ?待ちきれなくて服を脱いで、ソファーに寝て…。裸で、一人で、セックスの想像をするなんていやらしい子だな」
「待って先生…っ!…指、やめて…!」
「どうして?ずっとこうしてほしかったんだろう?」
「やだ…このままするのは嫌…っ」
指を敏感な芽に擦りつけるとリザの白い体はびくびくと跳ねて喜ぶが、彼女は嫌だと首を横に振る。
「どこを触られるのを期待してたの?胸?背中?首?それともここ?ああ、触るだけじゃ足りないか」
「だから…違います…っ」
「いつもの私の指の動きを思い出したりしたのかな?」
「…私は…ただ先生に触ってほしかっただけで…っ、先生の言うようなことは…」
分かっている。
リザはいやらしい子ではない。
リザは私に頭を撫でられるだけでもはにかんで喜び、触られるのが大好きだから、ただ純粋に温もりが恋しくてセックスをしたいのだろう。
待ちきれず服を脱いだのには驚いたが、裸になりいつも私がしている行為を思い出してしまうのも、淫乱なわけではなく自然なことだ。
リザは私に指摘されて初めて私とのセックスを思い出しているのに気付いたようだから、無意識にぼんやりと頭に浮かんだだけだろう。
リザがいつまでも処女のように純粋で汚れていないのは、私が一番よく知っている。
けれど、泣かせる寸前までリザをいやらしいと責めていじめるのはとても楽しいのも事実。
これで立場がいつもと同じになった。
「先生…、いつも通りがいい…っ」
「何を考えていたのかちゃんと教えて、リザ」
誘ってきたのはリザだから、少し意地悪をして可愛い姿を楽しんでもいいだろう?
あれこれ悩んでリザを焦れさせたくせに、結局、自分の都合がよくなると欲するままに小さな体を貪り出す私は、本当に身勝手だ。







※ホストパラレルです

東方で一風変わった店が街を騒がせていた。
その店が華やぐのは夜。
そこでは女が男に尽くすのではなく、女が女王。
男は頭を下げて女を喜ばせる。
男性優位な世界が、一夜の夢の中では逆転するのだ。
特に興味があったわけではないがその店の前を通った時、吸い込まれるように足が勝手に入口を跨いだ。
今思えば運命だったのか。
金ならいくらでも出すから最高にもてなせと、それだけ告げると、店の一番奥へ丁重に案内された。
高級品であろうソファーとテーブルのある個室だ。
大きな花瓶に花屋の花を全部集めたようなたくさんの花が活けてある。
きらびやかな内装をぼんやりと眺めていると一人の青年がやって来た。
「ようこそ、我が店へ」
彼はそう言って、私に許可を取ると隣へ座った。
「坊やは寝る時間よ」
「…坊や?ここじゃナンバーワンと呼ばれてますが」
不満そうな言葉。
でも彼の声は、特に思っていないかのように無機質だ。
ただ用意していた言葉を返しただけなのだろう。
「あら、そう。ごめんなさい」
煙草を吸おうとすると、彼はすかさずライターで火をつけてくれた。
これはいつもなら私が男にやる仕事。
そうか、ここは女がお姫様になれる場所だったわね。
「…男性に興味がないのにどうしてこの店へ?」
「ふうん。ばれていたのね」
意外だわと肩を竦める。
まさか見抜かれるだなんて本当に意外。
さすがナンバーワンと言われるだけはある。
私は同性愛者ではないが昔から男という生き物にあまり興味はない。
周りの人間が男性に恋をするように特別な感情を抱いたことはないし、容姿を褒める言葉は心に響かない。
「あなただって、女性に興味がないくせにこんな仕事をしているのね」
すると彼も意外だというように片方の眉を上げた。
坊や、私は初めてあなたが私を見た時から、私を個の人間だと認識していないことに気付いていたわよ。
「ここは養母の店です。物心ついた時から手伝いをしていて…接客は数年前から」
「…私も男性ばかりがくる飲み屋で小さい頃から働いているのだけれど…。…そう、私と同じだわ」
私達は運命から抜け出せないからここにいるだけなのね。
彼の瞳に私は映っていない。
ただの生きていくための道具だから、嘘まみれの言葉で喜ばせる。
私が彼を見る目も、きっと、生きる手段の対象として映っているのだろう。
でも、何故かそれが少し物足りなく感じた。
私達はこんなに似通っているのに、道具以上にはなれないの?
「あなたの名前は?」
「ロイ・マスタングです」
「私はエリザベスよ。あなたのこと気に入ったわ」
ふう、と息を吐いて煙草の煙りを吹き掛ける。
彼は白い煙りを浴びても表情ひとつ変えない。
この顔が私の手の平の中で最高の快楽に歪んだら、少しは限られたことだらけの人生が楽しくなるかもしれない。
「私が女の良さを教えてあげる。ふふ、骨抜きにしちゃおうかしら」
私が笑うと、すべての造作が機械のようだった彼もまた、初めて人間らしく、愉快だというように、または獲物を見つけた獣が喜ぶように、笑った。







「マスタングさんっ!」
突然、何の前触れもなしに、洗面所の扉が音を立てて勢いよく開いた。
視線の先には何かに慌てた様子のリザ。
シャワーを浴びたあと、鼻唄交じりに体を拭いて、パジャマに着替えていた私は当然固まる。
「…え…?リザ…?」
「…マスタングさん…!」
首にタオルを掛け、パンツ一枚の姿のまま動けなくなった私をよそに、まだ水滴の滴る胸に体当たりでもするようにリザがぶつかってきた。
体に腕が回され、リザは私の胸にぎゅっと顔を押し付ける。
…ちょっと待ってくれ、お兄ちゃんは妹の奇行についていけないよ。
確かに、軍服を脱いで二人きりになると、私達の間柄は上官と副官ではなく出会った頃の関係に戻り、リザは年齢まで少し戻って幼くなり、私に甘えてくる。
しかし、「マスタングさんはあったかいです」なんて言ってリザに抱き着かれることは珍しくないけれど、こうして着替えを見られたことはない。
「…リザ、怖い夢でも見たの?」
今日、私の家に泊まるリザに、先ほど、シャワーを浴びるから先にベッドで寝ておくように言っておいた。
とりあえず目の下にあるリザの短い髪を撫でてみると、金髪に私の髪から滴る水滴が零れ落ちる。
「…違うんです。マスタングさんを待っている間に…考え事をしていたんです…」
「考え事?」
「…はい…」
リザは私の胸に回した腕に力を込め、ちらりと茶色い瞳だけを動かして私を見た。
丸い目は、まるで敵に追い込まれたように切羽詰まっている。
「…ごめんなさい。実は、この間、マスタングさんがデートしているの…偶然、見てしまったんです。茶色い髪の小さな可愛い方と、一緒にいるところ…」
「ああ、そうか。……えっ!?」
再び目を丸くする。
やばい、リザにステファニーと一緒のところを見られたのか。
私とステファニーは恋人同士ではない。
私はステファニーからは情報を得るだけ、彼女は私から金をもらうだけの疚しいことはない関係だが、好意を寄せている相手にほかの女性といるところを見られるのは非常にまずい。
「…マスタングさんも、相手の方も、楽しそうでした…すごく」
「あー…、あのね、ステファニーは情報収集に協力してくれていて…」
「マスタングさんがとっても優しい顔してました…」
そうかな?
営業用スマイルってやつだと思うけれど、と、首を傾げる。
「マスタングさんって、女遊びは激しくても、恋人にしている方はいないんですよね…?」
「…その言い方はやめてくれ。だから、女遊びじゃなくて情報収集だ!確かに昔は遊んでいたけど今は一切してないっ!」
胸を張って言えることではないが、愛するリザに誤解をされると困る。
「…ステファニーさんを…恋人にしないんですか…?」
「情報はもらうけど…当然、恋人にしないよ。相手も私のことが好きではないしな。また突拍子もないことを…どうした?」
「だって、お似合いでしたよ…」
そう言うとリザが視線を落として俯いた。
柔らかな頭をぽんぽんと撫でながら、ふうとため息をつく。
この子の悪い癖で一人で勝手に変なように考え込んで、かなり暴走している。
「…リザは、私にステファニーを恋人にしてほしいのかな?」
「マスタングさんが幸せなら…応援します。遊びに遊び抜いて見つけた運命の方なら」
「じゃあ何で私の目を見ないんだ」
「……マスタングさんに幸せになってほしいですけど…。そしたら、私は…ここにいられなくなります…から…」
――ああ、そういうことか。
「リザ」
手の平を白いふっくらとした頬に添え、顔を上げさせると、いつもより幼い表情を浮かべたリザと目が合う。
「私は誰かを恋人にする気はないよ。こうしてリザと一緒にいるのが一番楽しいからね」
「…本当ですか?」
「本当だよ」
「…私…まだ、マスタングさんと一緒にいても…」
「いいんだよ」
君が好きだという告白をしているようなものなのだが、リザは顔を赤らめるなどの動揺を見せず、悲しげな表情から一転して無邪気に笑った。
完全に異性として意識されていない。
私のことを兄としか見ていない妹に、「遊びに遊び抜いて見つけた運命の方」がリザだと伝えるのは、まだ早いようだ。
安心したのかほっとため息をつき、そのあと、私の胸に頬を擦りつけてリザはにこにこと笑う。
リザの鈍さには参ってしまうけれど、彼女が私の側を離れたくないと思ってくれているのは少し頬が熱くなるほど喜ばしくて、つられて笑う。
今こそ、とびきりの優しい顔をしていると思うんだけどな。







家に足を踏み入れ、玄関の扉を閉めると、体が宙に浮いた。
いや、中尉が上半身に飛び掛かってきたのだ。
そりゃあ、もう華麗に、飢えた獣のように。
咄嗟に受け身を取るが確実に頭を打つことを覚悟して顔をしかめる。
大きな音を立てて大人二人が廊下に倒れ込み、床がぎしりと軋む。
下の階に住む住人から苦情がきそうだ。
打ち付けた背中はそれほど痛くない。
そして頭も痛くない。
気付けば、床と頭の間にクッションになるものがあり、どうやら中尉の指が頭の後ろに回されていたようだ。
「おい、危な…」
何をするんだ、危ないじゃないか。
注意をしようとしたら、私の腹の上に乗っかった中尉に唇をふさがれた。
中尉、君は野獣だったのか?
いつもの気遣いや控え目な態度が消え、まるで餌を食い荒らす狼のように獰猛で、本能のままに動いているように見える。
桃色の舌が私の唇をこじ開け、口の中のどこもかしこも舐める。
執拗に絡む舌、流れ込む甘い唾液。
このまま中尉の好きにさせてもいいが、ちょっと落ち着いた方がいい。
中尉の頬を両手で包んで、ぐいっと引きはがす。
唾液が糸のように二人を結んだ。
「…中尉、待て。まずは、手と体。痛くない?どこか打たなかった?」
「…平気…です…」
いつもはきはきと喋る中尉らしくなく、熱に浮かされたように、小声で、そしてゆっくりと吐息混じりに彼女が言葉を口にする。
私の頭を支えた中尉の左手の甲を見るとかすかに赤くなっていた。
「一体どうした…っ」
また中尉に口付けられた。
今度は口付けるだけではなく、コートのボタンを外される。
中尉はてきぱきと見事な速さでコートのボタンを全部外すと、今度は軍服の上着に手を掛ける。
「おい、中尉」
腹の上に陣取った中尉の小さな体など簡単に押し退けられるが、彼女に口付けられると不思議と体から力が抜ける。
おまけに、つい口付けに夢中になって集中力もなくなる。
何故中尉は私を襲うようなことをしているんだ?
いや、実際に襲われているのか?
中尉がシャツのボタンを外し、素肌を指でなぞり始めた頃に、再び慌てて彼女の顔を引きはがす。
「ちゅ、中尉。急にどうした?一体、何するつもりだ」
「…したいんです」
「え?」
「今すぐしたいんです…。駄目ですか?」
「いや…駄目じゃないけど…」
驚いた。
有能、そして男前な一面もありつつ品がある女性として通っているリザ・ホークアイにも性欲があり、情事の時はなまめかしい姿を見せてくれることを知っている私でも、かなり驚いてしまった。
中尉から誘われることなんて滅多にない。
しかも、今回の誘い方はあまりにも乱暴で情熱的だ。
「だったら最初からそう言えばいいじゃないか」
「我慢できなかったんです…もうずっとしてないじゃないですか…」
口付けが気持ち良かったのか、潤んだ紅茶色の瞳でじっと見つめられながらそう言われると文句は言えない。
確かに、徹夜での仕事が続き、家に帰るのすら久しぶりで、もう何日もしていない。
私だって家に着いたらすぐに押し倒したいほど中尉と溶け合ってひとつになりたかったが、彼女に先を越されたのか。
「うん、分かった。しよう」
リザはいまだ熱でもあるようにぼんやりとした様子だが、私の言葉にこくりと頷いた。
性的なことになると滅多に積極的にならない中尉からの誘いを無下にすることなど、できるはずがない。
中尉はいつからいやらしいことを考えていたのかだとか、押し倒したいほどしたいのかとか、聞きたいことはたくさんあるが、あとでいい。
手は終わったら冷やしてあげよう。
「ここは玄関だから外に声が聞こえると思うけど。いいの?」
「…聞こえないと思います…多分…。…そんなことはどうでもいいですから…」
「多分」と「そんなこと」と、きたか。
中尉が自分のコートを脱ぎながら、普段では絶対に聞けないようなことを答える。
そんな質問はいいから早くとでも言うように中尉は黒いコートを脱ぎ捨て、軍服の上着に自ら手を掛けながらまた私に口付けた。
ああ、今夜は楽しい夜になりそうだ。







私の家の風呂に一緒に入ったあと、犬はにこにこと笑って機嫌よくベッドに飛び込んだ。
最初は明るい場所で裸を見られるのも、一緒に風呂に入るのも恥ずかしがっていたが、やはり犬はご主人様に体を洗ってもらうのが嬉しいらしい。
濡れた体をふかふかのタオルで拭いて、それからドライヤーで乾かしている時、犬は気持ち良いのかうっとりとして目尻を下げていた。
美しい毛並みも、可愛い耳も、立派な尻尾も私が丁寧に洗ったからぴかぴかだ。
「あ…大佐の匂いです」
シーツに顔を埋めていた犬がくんくんと鼻を鳴らす。
え?私の匂い?
「はい」
洗い立てのふかふかの毛並みを撫でながら犬の隣に寝転ぶ。
それって加齢臭?
「違いますよ。いい匂いです。大好きです…」
ふんふんと鼻を鳴らしながら犬が幸せそうに目を閉じた。
そういえば、犬はご主人様の匂いが好きだったな。
体を綺麗に洗ってもらって、そして大好きな匂いに包まれている犬は大層ご機嫌だ。
金色の尻尾がぱたぱた動く。
頭を撫でると目を閉じたままだが犬の口元が嬉しそうに緩む。
眠いの?
「眠くないですけど…落ち着くので、このまま寝ちゃいそうです…」
目を閉じたまま犬が答える。
そんなにご主人様の匂いが心地いいのか尻尾がゆらゆら揺れているのが可愛らしい。
恥ずかしがりやの犬は、自分から私のことを言葉で大好きとはあまり言わないが、ご主人様が大好きだと分かるこういう仕草がとても愛らしい。
そんなに落ち着くなら…直に匂いを嗅いでみないか?
「え?」
犬の唇に人差し指を押し当てる。
唇を指先でなぞると驚いたように犬が目を開いた。
舐めて。
薄く唇を開けた犬の口の中に指を差し入れると、犬はおずおずと、しかし言い付け通りに指に舌を絡めた。
最初は戸惑っていたが、小さな舌をゆっくり動かして犬が私の指を上手に舐める。
私が前に教えた通りだ。
さすが優秀な犬。
どう?
「石鹸の味と…あと…大佐の匂いが…」
大好きな匂いが思考を麻痺させるのか犬らしくなくゆっくりと言葉を紡ぐ。
ぞくぞくする?
もっと舐めたい?
犬は頬をぱっと桃色に染めるだけで私の問い掛けに答えない。
しかし唇に押し込んだ私の指を離そうともしない。
犬の唾液で濡れた人差し指をゆっくり抜き取ると、犬は最後に名残惜しそうに指先を甘く噛んだ。
もっと欲しいようだ。
上手に舐められたから、犬にご褒美をあげるよ。
犬はくんくんと鼻を鳴らして思う存分匂いを嗅いでくれ。
犬の体の上に乗り上がり、犬のパジャマを脱がせると犬は意味を察したのか照れたように目を伏せた。
嫌なの?
恥ずかしいだけ?
「あの…」
素肌と素肌の胸を擦り合わせ、犬の白く柔らかな体を味わっていると、犬が伏せていた顔を上げて私を見た。
「私、この時の匂いが一番好きかもしれないです…大佐と私の匂いが一緒になって混ざった匂い…」
犬は恥ずかしがりやのくせに、たまに無意識に誘っているようなことやいやらしいことを口にする。
それも司令部にいる時のように大真面目に。
犬は自分がとんでもない発言をしていることに気付いていないようで真っすぐに私を見つめてきて、少し笑ってしまったが、私もその匂いが大好きだ。
犬の望み通り、ひとつになって、溶けて、ぐちゃぐちゃにしてあげよう。








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