「あなたが変で破天荒で突拍子なのはいつものことですけど」
「うん」
「夜中にいきなり押しかけて『生クリームを泡立ててくれ』って、なんですか。なんのミッションですか」
「まあまあ」
「はい。できましたよ。砂糖抜きでいいんですよね。スポンジケーキでも食べるんですか?」
「まあそんな感じだ」
「あ、つまみ食い」
「いや違う。こうして指に取って」
「ひゃ!?」
「君に塗る。そして舐める」
「ちょ、ちょっと…!食べ物で遊んじゃいけませんっ!」
「全部食べるもん」
「はあ!?太りますよ!?」
「砂糖抜きにしたじゃないか。あと運動するし。大丈夫だよ」
「あ、足に塗らないでくださいっ!もう…大佐っ!大佐ってば!この…っ、変態!」
「甘い…幸せ…」

◆ ◆ ◆

「まずは執務室で二人きりになる。うん、今日は定時で皆を帰したから問題ない」
「はあ」
「で、君は机に座る」
「…座りました」
「そしてズボンのベルトを外す」
「…外しました」
「そして、私が思わずむしゃぶりつきたくなるほど絶妙な具合にズボンを脱いで、はだけさせる」
「…こんな感じでしょうか」
「ああ中尉!完璧だ!さすが私のリザ!君は私の好みを心得てる!白い肌が少し覗くくらいがちょうどいいんだよ。最初の頃は勢いよくズボンを脱ぐからさあ、わんぱくで困ったよ」
「…それは、わんぱくなんでしょうか…」
「…至福のひと時…」
「上官が床に跪いて、机に座った部下の太ももに頭をなすり付ける光景、誰かに見られたらおしまいですよ」
「このために仕事頑張ってる…」
「…こんな上官、嫌…」

◆ ◆ ◆

「何もないところですけど。どうぞ上がってください」
「君が私を家に上げるなんて珍しいね。散らかすから嫌なんだろ」
「散らかさなくても嫌ですが、まあ今日くらいいいですよ。お茶、飲みます?」
「いい」
「そうですか。あ、ソファーにどうぞ」
「うん」
「中佐が連れて行ってくださったレストラン、とても美味しかったです」
「…君さ」
「はい」
「何を食べたか覚えてる?」
「え?…ええ」
「じゃあ何を食べた?」
「…サラダと、スープと…デザート」
「どんなレストランでもそれは出るだろ。君は私の顔ばかり見てぼんやりしてた。いつももりもり食べる君が、珍しい」
「…そんなことより、お風呂に入りますか?それとももうベッドに行きますか?」
「へえ、泊めてくれるんだ。私が縛り付けないと私の家に泊まらない君が、私を自宅に泊める。ますます珍しい」
「中佐を家まで送るのが面倒なので」
「君はどこで寝るの?」
「中佐と一緒に寝ます」
「本当に今日の君はおかしいな。一緒に寝たら何するか分からないぞ」
「…いいですよ」
「はあ?」
「今日くらいは…いいです。そんな気分なんです」
「君ってセックス好きじゃないじゃないか。私がいつも泣くまで責めるから嫌いなんだろ」
「据え膳食わぬは武士の恥ですよ。…あの、女性から何度も誘うようなこと言わせないでください。これでも恥ずかしいんです」
「…なあ」
「なんですか。また文句言うんですか」
「君ってすごく不器用だな」
「器用ではないと思います」
「私が落ち込んでるの見て、慌ててデートに誘って、家に連れ込んで性行為まで持ち掛けて」
「…あら、中佐、落ち込んでたんですか?」
「白々しい」
「もう、全然、知らなかったです」
「嘘つき」
「…でも落ち込んでるなら、なおさら、その…。…私でよければ、どうぞ」
「君は…本当に…」
「どうしてため息をつくんですか」
「…多分痛くする」
「構いません」
「…少尉は優しいなあ。私を甘やかしすぎ…。甘えていいのか迷う」
「…中佐を甘やかすの好きなんです」
「…ありがとう、リザ」







「ねえねえ」
「はいはい。何ですか」
「キスをしよう」
「い、や!です」
中尉は不機嫌さを隠さずにきっぱりと言い切り、顔を合わせたくもないのか、そっぽを向いた。
彼女は美しいから嫌がる表情すらとても魅力的だけれど、せっかく可愛い顔に生まれたのだからもっと笑えばいいのにと思う。
ここは執務室で、私は椅子に座り、そして彼女は私の膝の上にいた。
部下はちゃんと定時で帰したから、今は二人きり。
「護衛をしますから早く帰り支度をしてください」と促してきた彼女を押さえ付け、そのまま椅子に座り、膝の上で暴れる彼女に「机の中にある縄で縛るぞ」と脅して大人しくさせ、今に至る。
彼女が少々わんぱくなせいで、膝の上に座らせるだけでも汗をかいてしまった。
女性らしい綿菓子のように柔らかい体が腕の中にあって、形も弾力も素晴らしいお尻と太ももが布越しに伝わって最高だ。
こういう状況ならば、口付けのひとつでもしたくなるのが普通だ。
「ほっぺにも駄目?」
彼女は口を一文字に固く引き結んだまま何も言わない。
今までの経験から、口を開ければ強引に舌を突っ込まれるのが分かっているのだろう。
しかし、彼女曰く意地悪な性格なため、拒まれれば拒まれるほど無理にでも口付けをしたくなってしまう。
彼女の頬を両手で包み、無理やり正面を向かせる。
彼女が上目遣いで私を睨んだ。
どんなに彼女が嫌がろうと、私には策がある。
ぴりぴりとした攻撃的な雰囲気を放つ彼女の鼻を私は軽く摘んだ。
「…っ!?」
驚いたのか彼女が目を見開いた。
鼻を摘む私の手を必死で引きはがそうとするが、腕力では彼女は私に敵わない。
「ほら、口を開けるんだ」
「嫌です!」と聞こえそうなほどの気迫で、彼女は切羽詰まりつつも私を憎たらしそうに見た。
しかしプライドが高い彼女らしく、絶対に助けは求めてこない。
ふと彼女は抵抗をやめて決意をしたように目を閉じた。
もしかして我慢をする気か。
「おーい、顔が林檎みたいだぞ。このままだと事件が起きるぞ」
彼女は苦しそうに眉をしかめるが、考えを逸らしているのか、瞑想でもしているようにただ目をつぶって微動だにせずいる。
悟りでも開けそうだ。
しかし悟りが開けても空気は得ることができない。
「なあ、リザちゃん」
「ひぁっ!?」
脇腹を思いきりくすぐると、彼女は意表をつかれたのか驚いて目を開けて、そしてついに口も開けてしまった。
その隙をついて、鼻を摘んでいた手を離し、代わりに桃色の唇の中に舌を捩込む。
彼女は最初のうちはどんどんと私の胸を遠慮なく拳で叩いてきたが、いつの間にか白い指は私の軍服を必死に掴んでいた。
そのリザの指を取って握ると、彼女も私の手を握り返してくる。
熱くて甘い口の中を蹂躙する度に彼女は私の手にすがるように強く握って、それから艶めかしい声を上げる。
乱暴にしたお詫びに小さな舌を優しく噛むと、彼女は濡れた吐息をもらし、目を潤ませて切なげな表情で私を見上げた。
彼女がしばらく口でまともに息をしていないためにそろそろおしまいにするが、唇を離すのがとても名残惜しい。
「最低…っ」
長い口付けが終わると、彼女はすぐさま私を押し退けて膝から飛び上がり、執務室から逃げようと駆け出した。
「こら、待ちなさい」
しかし私もすぐに椅子から立ち上がり、彼女の腰に腕を回して引き止める。
「おっと」
「わっ」
彼女を捕まえたのはいいものの、私の勢いが良すぎて、彼女を抱えたままその場に二人して倒れ込んでしまった。
「おい、大丈夫か?頭ぶつけなかった?」
「…なんてことを…っ、するんですか!」
絨毯の上に倒れ込んでしまった彼女の体を起こし、開いた足の間に彼女を座らせると、彼女は息を乱れさせたまま抗議した。
「君こそ何をしているんだ。下手したら死ぬぞ」
「キスをする時に鼻を掴む人がいますか!フェミニストじゃないんですか!?」
「こんなに色気のないキスは初めてだ。ちなみにこんなひどいことは君にしかしない。ああでもしないと、じゃじゃ馬娘は口を開けないだろう」
「だからって!」
彼女の声が執務室に響く。
彼女のこめかみにうっすらと青筋が見える気がした。
「それより、良かっただろう?」
「はい!?」
「最後の方、君からも舌を絡めてきた。あと声がかなり色っぽかった」
「で、でたらめを言わないでくださいよっ!」
らしくなく声を荒らげるほど彼女は怒っていたが、私の言葉に反応するように肩を揺らした。
「ふうん。じゃあ無意識か。へえー」
「違う…あれは…か、絡めてない、絡めてない…!」
少し覚えがあるのか、リザは呪文のように否定の言葉を繰り返している。
「やっぱり好きだと思うよ」
「…何の話ですか」
彼女は私から目を逸らしたまま居心地悪そうにしている。
「君は、やっぱり私のことが好きだよ。好きじゃないと、あんな誘ってるみたいに可愛い顔できない。さあ、認めれば楽になるぞ」
「馬鹿ですか!好き勝手に次から次へと…!本っ当、腹が立つ人ですね…!」
リザは今できるせめてもの攻撃なのか、私の鼻をぎゅっと強く摘んだ。
「ははは、口を開けてるから別に苦しくないぞー。それとも君がふさぐのかなー?」
「好きじゃない…こんな大佐なんて絶対に好きじゃない…」







「大佐、ありがとうございました」
「いや、いいんだよ」
鏡を見ると、いつも通りになった前髪が映り、さっぱりとした気分に浸る。
少しの変化だというのに、視界がとても広くなった気がしてしまう。
数分前より少しだけ短くなった前髪を無意識のうちに指先でいじりながら、大佐にお礼を言う。
広げた新聞紙の上には私の髪が散らばっている。
たった今、大佐に前髪を切ってもらったのだ。
前髪を切るためだけに美容室に行くのは、時間もないし、経済的にもきつい。
だから、前髪はいつも大佐に切ってもらっている。
しかし、時間やお金がないという理由だけで大佐に切ってもらっているわけではなく、大佐は髪を切るのがとても上手なのだ。
「可愛くしてあげるからな」という大佐の言葉通り、仕上がりはいつも満足のいくもの。
大佐は手先が器用で、上手に整えてくれる。
「後ろ髪もずいぶん伸びたな」
うなじから髪の束をすくい取って、大佐が何故か嬉しそうに言う。
「ええ。今度の休みに美容室に行きます」
「私が切ってあげようか?」
「それはさすがに…」
「ならば中尉、今度美容室に行く時は、いつものように毛先を薄くしてもらうのはやめて、長さを揃えてもらいなさい」
「え?」
「いよいよアレができる時がきたのだ!」
大佐は左手を腰に、右手の人差し指を私に向け、ふふんと怪しげに笑った。

「ねえ、リザ!リザよねっ!?」
「…おはよう、レベッカ」
朝、司令部の廊下を歩いていると、親友のレベッカが目を丸くして足速に私の方へ近付いてきた。
レベッカは遠慮なくじろじろと私の顔、いや、髪型を見ている。
髪に視線を注がれるのはもう慣れた。
今日、家を出て外を歩き始めた時から、いつもすれ違う人達は私の頭をじろじろと見ていたのだから。
無理もない。
私だって、見られることには慣れたけれど、まだこの髪型に慣れないもの。
「まあー、可愛くなっちゃって!まさか、あんたがボブにするなんてねえ!」
レベッカが興奮気味に私の背中を手の平でばしばしと叩いた。
レベッカは「もっと女っ気を出しなさいよ」と常日頃から私に言っているから、喜んでいるようだ。
私は長さがきれいに揃った毛先を指先でいじりながら、まだ落ち着かない気持ちでいた。
自分の髪が、長さも量もきれいに整えられているだなんて、まるでカツラでもかぶっている気分だ。
「…私の趣味じゃないのよ」
「分かるわよー、マスタング大佐でしょ」
「そう。…私、今、髪を伸ばしてるじゃない?」
「うんうん」
「私、髪の量がすごく多いのよ。もし伸ばすなら髪のボリュームを抑えながら伸ばした方が良いって美容室の人にすすめられて、いつも毛先を薄くしてもらっていたの」
「なるほど」
「でも大佐が、ボブは今の長さでしかできないからって、やや強制的に…。毛先を薄くする代わりに、髪の長さを全部揃えて、ばっさり切ったの。こんなに毛先が厚いだなんて…なんだか頭が重たいわ」
無意識のうちに気になっているのか、気付けば均等な長さの毛先を指先に巻き付けてしまう。
美容室から帰ると、髪型に合わせて前髪も大佐に少し切られてしまった。
前髪をあまり短くしたことがないせいか、本当に変な気分だ。
「そういう訳ね。あんたって美人だと思ってたけど、本当に美人ねー。女スパイみたいよ。あ、今度、女スパイみたいなメイクを教えてあげる」
「何よ、女スパイみたいなメイクって」
「うーん、髪型を整えるだけで変わるわねー」
「それって…今までがぼさぼさだったってこと?」
「なんていうか頓着してなかったじゃない?今までは男の子みたいだったわよ。あんた童顔だし」
「それを言わないでよ。気にしてるんだから」
「金髪だし本当に似合うわ。で、いつ逆ナンに行く?あんたがぼさぼさを卒業した今こそ、あんたと私で玉の輿を掴むのよ!」
「もう、何の話よ。あと、ぼさぼさって言うのやめてちょうだい」
「パンツスタイルでかっこいいお姉様系で行く?それとも、クラシックなワンピースを着てお嬢様系で行く?楽しみねー」
「私、行かないわよ」
「あんたさあ、本当に可愛がられてるわね」
レベッカがまた私の背中をぽんと叩く。
「マスタング大佐は、リザが可愛くて可愛くて仕方ないのね。いつも自慢の副官を連れて嬉しそうだものねー。今日からはどんな顔するんだか」
「…ただの遊びよ」
「じゃ、開いてる日教えてね!さあ、仕事、仕事ー!」
レベッカは言いたいことを言うだけ言って去ってしまった。
なんだかひどいことと、それから大切なことの両方を言われた気がするが、立ち話をしている場合ではなく、私だって仕事に行かなくてはいけない。

「ちゅーい!舞台のスターみたいだ!今日はとびきり可愛いぞ!」
執務室の扉を開けると興奮した大佐が待っていて、そういえば大佐は私が昨日美容室から帰ってきてから、ずっとこんな調子だ。
ふとレベッカの言葉を思い出す。
「…大佐、私の前まで髪型は、ぼさぼさでしたか?」
「ん?ぼさぼさではないが、短くて少年みたいだったぞ。少年みたいなのに顔が可愛くて、体がむちむちなのが堪らなかった」
「…はあ。あの、この髪型を喜んで頂けるのは…その、嬉しいですけど…。私は髪を伸ばすので、これはつかの間のお遊びですよ」
「うむ。この髪型も非常に魅力的だが、髪が伸びた君も実に楽しみだ。君は美人だから女優みたいに綺麗になると思うぞー。肉食動物みたいに攻撃的な美女になるとみた!それに髪が伸びる頃には童顔じゃなくなっているかも」
身振り手振りではきはきと話す大佐は演説でもしているようだ。
どうしてこういう時だけ無駄にやる気と威厳が出るのだろう。
「童顔って言わないでください。それから肉食動物みたいな美女ってなんですか」
大佐もレベッカもたまに訳の分からないことを言う。
「さ、用事があるからついて来なさい。可愛い副官のお披露目だ!声を掛けた奴は燃やす!」
自分の世界に入ってしまった大佐は私の言葉が聞こえないようだ。
輝くような笑顔で、軽やかに執務室を出た。
実に楽しそうだ。
「…可愛がられているより、やっぱり遊ばれているだけだと…思う…」
大佐の背中を追い掛けながら呟く。
大佐に可愛がられようが遊ばれようが、彼が楽しいなら、まあ、どちらでもいいんだけど。







※学園パラレルです


リザの父親、錬金術の権威者であるホークアイ先生が講演会へ泊まりがけで出掛ける時、先生は家を留守にするため、リザは私のマンションへとやってくるのが決まりとなった。
教師と生徒である私とリザの秘密のお泊りの日だ。
「お…お世話になりますっ」
「まるで親戚の子が田舎に遊びに来たみたいだな」
麦藁帽子をかぶり、水色のストライプのワンピースを着て、それから両手で大きめのかばんを持ち、玄関で深くお辞儀をしたリザが可愛らしく、思わず笑ってしまう。
「…子供扱いですか?」
拗ねたように唇を尖らせたリザの頬を突いた。
「いや、いつも礼儀正しいなあと思って。もう三度目なんだから、そう固くならなくていい」
リザをクーラーの効いたリビングへ案内し、キッチンへ行って飲み物を用意する。
リザはソファーに座ると、かばんを足元に置き、麦藁帽子を取った。
「今時、レトロなワンピースに麦藁帽子とは…ポイントが高いぞ。変な人について来られなかったか?」
リザは私から冷えたジュースを受け取ると口を付けた。
「夏になると『外に出る時は絶対に麦藁帽子をかぶれ』って父がうるさいんです。普段は私が何しても興味なさそうなのに、変ですよね」
「娘が心配なんだよ。リザの知らないところで、先生はちゃんとリザのことを見てるよ」
「…じゃあ、私が講演会の度に友達の家に泊まるっていう嘘も見抜いてる…?」
リザがグラスを両手で持って首を傾げた。
「怖いことを言わないでくれよ…嘘だとばれていたら私はとっくに燃やされてる…」
「お父さん、講演会なんてできるのかなあ」
「ホークアイ先生の講演会は独特だが素晴らしいぞ」
こうしてソファーで肩を寄せ合っておしゃべりをし、夕方になるとリザがハンバーグを作ってくれて、小さなテーブルで笑い合いながら夕食を食べた。
「…あ!」
「ん?」
一緒にお風呂に入ろうとそれぞれ準備をしていると、リザが慌てた様子で声を上げた。
「先生、パジャマを忘れてきちゃった…」
かばんの中をいくら探してもないらしく、リザは残念そうに眉を下げて私を見上げる。
「な、何っ!?本当か!?」
しかし私は予想外の展開が到来して、つい笑顔でリザに聞き返してしまった。
「先生、どうしてそんなに嬉しそうなんですか…。白いワンピースの可愛いパジャマ、用意してたのに…」
落ち込んでいるリザを余所に、私は急いでクローゼットのある寝室へ駆け込んだ。
「その白いパジャマは今度の楽しみだ!リザ、今日はこれを着てくれ!」
リザにこれを着せてみたいと急に思い立ったのはつい先日のことで、まさかこんなに早く望みが叶うとは思わなかった。
私は運がいい。
いや、日頃の行いのおかげだ。

風呂から上がり、いつものようにリザとベッドの上でじゃれあいながら寛いでいた。
リザは私に背を向け、私がパジャマの変わりに渡したものを珍しそうに眺めていた。
「先生、真っ黒なシャツ、持っていたんですね。着ているところを見たことないです」
リザが身につけているのは私の黒のシャツだ。
当然サイズが合わなくて、袖で手が隠れ、肩の位置も違う。
裾はちょうど下着が隠れる長さだ。
「基本的にシャツしか着ない…というかシャツしか似合わないとヒューズに昔から笑われてな。いろんなシャツを持ってるぞ。最近は白しか着ないけど」
「先生、このシャツは着ないんですか?」
「じゃあ久しぶりに着ようかな。きっとかっこよくて、またリザは先生に惚れちゃうぞ」
「…そうかもしれません…。きっと先生に似合います」
照れた様子でリザがぼそりと呟き、冗談に対してリザが真面目に返したため、私も思わず照れてしまった。
この場でリザに何と言い返せば分からない。
リザの真面目で素直なところは大変愛おしく、リザに真っすぐに気持ちを伝えられると、こちらまで初恋をしているような初々しさを覚える。
「リザがこういい子だと…先生はこれから悪いことをしにくいなあ…」
「悪いこと?」
手を覆い隠してしまうシャツの袖を揺らして遊びながら、リザが聞き返した。
「そう、悪いところ」
シャツの衿から覗く抜けるように白いうなじに口付けると、リザの体がぴくんと跳ねた。
「リザは色白だね」
「そ、そうですか…?」
「ああ、真っ白だ」
背中からリザの体を抱き締め、首の一番上までしっかりと留められたボタンをゆっくり外していく。
リザは下着を下半身にしか身につけておらず、ボタンが外れるたびに肌がだんだんと晒されていくのが恥ずかしいのか、両膝を抱えて胸元に寄せた。
丸い膝小僧も雪のように白く、そして小さい。
シャツのボタンを全部外し終えると、私はベッドから起き上がる。
「リザ、こっちを向いて」
リザの答えを待たずに細い腕を引っ張り、リザを私の向かいに座らせる。
黒いシャツの奥にある肌は透き通るように白い。
そして体は優しい線で描かれており、ふっくらと丸みを帯びている。
「…本当に綺麗だ」
「…なんだか恥ずかしいです」
幼い顔には似合わない豊かな胸に強く吸い付いて痕を残すと、リザが声を出さぬように唇を噛んだ。
「…なんだか…うーん…お餅みたいだ」
「お、お餅っ!?」
指で押すと指先が柔らかく沈み込む乳房に頬擦りをしてうっとりとしていると、滅多に大声を出さないリザが声を荒らげた。
「え?だって、白くて、ふにふにしてて、柔らかいから」
「太ってるってことですかっ!?」
リザは私を押しのけると、体を隠すように胸の前で両腕を交差させた。
そして私を見るリザの目は明らかにショックを受けている。
「いや…そんなわけじゃ…」
「先生は女の人の体を服の上から見ただけでスリーサイズが分かるっていつも豪語してますけど、1キロ太ったのも分かるんですか!?」
「豪語なんてしてないぞ…。それより、リザ、1キロ太ったのか?」
「…あ…」
私には体重が増えたことを秘密にしたかったのか、リザは失言したことに気付き、慌てて両手で口を押さえた。
「思春期だし、太るのは当たり前だよ。そういう時期で、大人への一歩だ。それにリザは肋骨あたりにもうちょっと肉があった方がいい」
「…今の体が不満ですか?」
両手で口を押さえたままリザが不安そうに尋ねる。
「いや、そういう意味じゃなくて…。ええと、もちろん今のリザも少女らしくて好きだよ。…餅なんて表現したのが駄目だったな…。あ、マシュマロみたいだ!」
「お餅もマシュマロもあんまり変わらない…」
人差し指をリザに向け、ウィンク付きで自信満々に言ったのが、餅に例えられたことが相当嫌だったのか、両手で覆われた口元は本物の餅のように膨らんでいる。
確かに餅なんて言われて喜ぶ女性などどこにもいないだろうと深く反省する。
リザが恋人になる前、女性を口説くのと褒めるのは息をするように体に染み付いていて得意だったくせに、リザの前だと何故か失敗してしまう。
「リザは…アンティークドールみたいだよ。顔が整っていて、目が丸くて、肌が白くて、気品がある」
「…白々しいです。もういいです」
餅と言われたことが女性としてのプライドを傷付けられたのか、大抵のことはすぐ許してくれるリザは、唇を尖らせたままそっぽを向いてしまった。
「本当だよ。人形みたいに美しい」
リザは自分がどんなに魅力のある人間か気付いていないし、多分この先も気付かないだろう。
色素の薄い金髪のショートヘア、端正な顔立ち、丸い胸、細い腰、金の茂み、まだ肉付きの足りない頼りない腕と脚。
リザを構成するすべてが人形のように美しく、しかし作り物ではなく感情があるからこそリザという存在は繊細で、ますます魅了される。
「綺麗だよ。本当だ。これから歳を重ねるごとにもっと美人になる」
「そんな嘘じゃ誤魔化されません」
まだ怒っているリザの太ももに触れ、内股をくすぐると、再びリザの体がぴくりと跳ねる。
「先生、私、怒ってて…!」
「これから誤解を解こう。誤解が解けるまで、それから君が許してくれるまでやめない。あと、意地っ張りで頑固な生徒には体で教えるのが一番だと先生は思う」
リザの肩を掴んでベッドに押し倒すと、突然のことにリザは驚いたように私を見上げ、この綺麗な顔が快楽に翻弄されるともっと美しくなることを私は知っている。
まだ幼いリザが私に貫かれる度に理性がだんだんと薄らいでいくのが怖くて、目に涙をたくさん溜めて私の首に縋り付いてくる姿は本当に艶めかしい。
リザがただの可愛らしい容姿の女の子だったならば、好きにならなかった。
真面目で素直で、恥ずかしがりで、喧嘩をすると意地っ張りになるリザだからこそ愛おしく、つまらないことで誤解は生みたくないし、第一に嫌われたくないし、きちんと謝りたい。
しかし、恋人同士なのだから、その可憐な姿も恥ずかしがりやな性格もじっくりとねっとりと楽しみながら、体に教え込むようにして謝りたい。
「リザ、今日はシャツを脱がさないというプレイをしようか」
「えっ!?先生…!?」
リザをどう降参させるか、そしてリザはいつ私を許してくれるのか楽しみにしながら、リザの太ももの間に手を伸ばした。







「今まで、軍服のズボンをミニスカにしたら、生足にハイヒールをはくことも規則にしようと思っていたんだけどさあ、最近、生足じゃなくて黒いストッキングもいいかなあと思ってるんだ」
リザの部屋のベッドに俯せで寝転がり、肘をついてスカートと脚について語る。
「デニールの薄いタイツでもいいんだ。でもやはりストッキングかなあ。色は絶対に黒だ。ガーターベルトと合わせるのもいいな」
リザはリビングにあるカーペットの上で、黙々と風呂上がり恒例のストレッチをしていた。
「お尻の形が浮き出るようなタイトなスカートもいいけど、プリーツもいいよなあ。こう、ふわっとしたミニのプリーツ…。でもスリットが入ったスカートも捨て難い。うーん、まずは上着のデザインも変更するべきか…」
顎に手を当てて唸る。
リザは相変わらず私を無視し続け、すらりとした脚を大きく広げて、爪先に向かって両手を伸ばし筋肉をほぐしている。
「そう、ハイソックスもいいよなあ…。黒…あと紺でもいいな。そういえば白のワイシャツの下も生足じゃなくてハイソックスをはくのも最近惹かれるんだ…。上は愛しい彼のぶかぶかのシャツなのに、靴下は少女のまま…それを美人の大人がやるんだ。背徳的だろう?」
リザの白くて長い腕と脚を眺めながら妄想を膨らませる。
最近暑くなってきたために、リザは部屋では黒のタンクトップにショートパンツという大変ラフな格好で過ごしている。
無駄な飾りが一切ないシンプルな服だが、それが引き締まった体の美しさを際立たせている。
リザの体は普通の女性にはない鍛えられた強さと、男性にはない優しいまろやかがあり、まるで血統書付きの猫のようにしなやかな体をしている。
抱き締めると、お堅い外見とは違ってとても柔らかくて、綿菓子のようにふわふわしている。
「ああ、そういえば、私がいつもケーキを買ってくる店があるだろう?あの隣にあるレストラン、最近繁盛しているらしいぞ。行ってみないか?」
リザはストレッチを終えると黙ったまま立ち上がり、ベッドの近くにあるクローゼットを開けた。
食べ物の話ならば食いついてくると思ったのだが、リザは未だ私を存在しないかのように扱っている。
リザはクローゼットの左側に掛けてある服を吟味するように眺めている。
左側にある服は主に外出用のスーツやワンピースがハンガーに掛けられているはずだ。
「しょーいちゃーん」
「…なんですか」
服を真剣に見ていたリザの腰に手を回し抱き締めると、私はそのままベッドに勢いよく倒れ込んだ。
私の上に乗るリザも、リザを抱き抱える私も仰向けだ。
「私の話を無視するなんてひどいなあ」
「別に無視してません」
「じゃあ私は何を話していた?」
「…ハボック少尉がまたフラれたことを馬鹿にしてました。最低です」
「どっちが最低だ。そんな話はしてない」
タンクトップの裾から手を忍び込ませると、リザが慌てて私の方へ振り返った。
「中佐!」
「何?」
「しばらくはしないって言ったじゃないですか!」
リザは鷹の眼と恐れられる目を釣り上げて怒鳴った。
「我慢できない」
この前、リザが「もうやめて」と涙ながらに懇願するまで攻めて、終わったあと、ぐったりしていたはずのリザの家事場の馬鹿力で、私は股間を蹴られるという大惨事になった。
もう一人の自分を押さえながら、目に涙を浮かべて最低一週間は夜の営みをしないと脅迫され、いや約束させられたのだが、限界だ。
もう性行為ができなくなり私は性別が変わるかもしれないと青ざめた夜から三日、もう無理だ。
縛り上げてでもやりたい。
リザが私を蹴るのはあの夜が初めてではなく、あの日はたまたま油断していただけなのだ。
リザの足技のパターンは熟知しているし、手を使おうが銃を使おうが、仕事中に何度もシュミレーションしたから平気だ。
「約束、守ってください!」
「ほっぺが膨らんでるぞー。ほっぺに何か入ってるのか?ハムスターか?」
「茶化さないで…っ」
「すぐに手を出さないの」
側にある枕を掴んだリザの手首を素早く掴み、そして抵抗する時間も与えずリザをベッドに俯せで組み敷く。
白いリザの体の上に少し痛いくらい体重を掛けてのしかかり、タンクトップを一気にたくし上げた。
押し潰された乳房を掬い上げながら、晒された背中に舌を這わせる。
「中佐の嘘つきーっ!」
この絶叫が今夜リザがまともに私に抗議できた最後の言葉だった。

数日後、東方司令部は朝から騒がしかった。
ある噂が司令部中に広まっていて、猫も杓子もその話題で盛り上がっていた。
私が執務室に向かうための廊下を歩くだけで、私を遠くから見ている士官達がざわめく。
私は、昔は女遊びがひどく、今も情報収集のために多数の女性と会っていて、女性に関する噂は絶えない故に、好奇な目で見られることには慣れている。
しかし、今回の噂になっているのは私ではない。
私が向かう先でひそひそ話をしていた男性士官を睨みつけると、その男は「ひっ」と声を上げて脱兎の如く逃げて行った。
苛立ちながら執務室に入る。
噂の的になっているのは、私の副官だ。
リザだ。
「おはようございます」
リザは司令部の変化に気付かないのか、いつもと変わらず落ち着いた態度で執務室に入ってきた。
「書類をお持ちしました」
リザが机に書類を置く前に、分捕るようにしてリザの手から奪うと、リザは不思議そうな顔をした。
「中佐?」
「噂になってるね、君」
「え?」
リザの直属の上官である私ですら朝から注目の的だったというのに、リザは鈍感にも程がある。
「知らないのか?氷の女王がついに恋をしたと噂になってる。相手はコスナー少佐だ。確かあいつは私と同期だな。皆は、君とあいつは恋人同士なのかと興味津々だ」
「…朝から皆がよく見てくると思ったら…そんなことを…」
「昨日、君は『友人と食事に行きます』と私に言ってデートを断ったが、本当は、あいつと食事に行ったんだな。秘密の関係だったのかな?誰が見ていたか知らないが、もう公になってしまったけど」
「少佐と私は恋人同士ではありません」
いつものように冷静さを保ったまま、リザは感情の見えない声で否定する。
「そうそう、君はとてもめかし込んでいたそうじゃないか。あいつが羨ましい。しかも、私が誘ったあのレストランに行ったそうだね」
「…はい」
一瞬だけリザが気まずそうに頬を引き攣らせた。
その仕草が癪に障って、いや、リザの落ち着き払った言動のすべてが腹立たしく、拳で机を叩き付けた。
「なあ、怒ってるのか?私がいつも無理やり君に迫るから、君の嫌がることばかりをするから、頭を冷やせという意味か?それともただの嫌がらせか?」
「…怒っているのは中佐の方じゃないですか」
あくまで落ち着き払った態度を貫こうとするリザにますます苛立って、椅子を跳ね退けるようにして立ち上がり、リザの目の前にぐいと顔を近付けた。
「男性に優しくされたかったのか?あいつは私と違って腑抜けで、いかにも優しそうだもんなあ。君は乱暴にされるのが大嫌いだから、すごくお似合いだよ。見せ付けるようにあのレストランで食事をして、私を捨ててあいつのところへ…」
「中佐、もう一度言いますが、少佐と私は中佐が想像するような関係ではありません。少佐を侮辱するようなことは絶対に言わないでください」
静かに私と話していたリザが、急に厳しい声で私の話を遮る。
私がリザから聞きたい言葉は、そんなことではない。
「…それを…弁解するのか…」
深くため息をつくと、一方的に言い争っているのが馬鹿らしくなり、体から力を抜いて、どかりと勢いよく椅子に腰を下ろした。
「出て行け」
低い声で命令すると、リザはもう言うことがないのか反論する様子も見せず、退室のお辞儀をすると執務室を出た。
リザの背中が消えると、扉に向けて側にあった万年筆を勢いよく投げ付けた。
怒りのあまり、思ってもいない最低なことを口走った。
私が腹を立てているのは、リザが嘘をついて私以外の男と食事に行ったことだ。
いや、これも最悪の考えだ。
リザは私の恋人ではない。
私がいつも一方的にリザに迫っているだけだ。
リザの都合など考えず、リザを私の家に連れ込んで、食事を作らせ、嫌がる抱く。
リザが愛おしくて堪らなくて性行為の時はつい荒々しく扱ってしまうが、リザはセックス自体を上官の性欲処理に付き合う行為だと考えているかもしれない。
私はリザを手足を縛り鎖に繋いででも側に置いておきたいが、私にリザを束縛する権利はない。
ただの恋人ごっこのくせにリザを責めて、私は先ほどリザに何と弁解して欲しかったのだろう。
心が狭くて醜い男だな、私は。
情けない。
その日はリザと一切会話をせず、定時で仕事を終わらせると、すぐにベッドに寝そべり大量に買い込んだ酒に溺れた。
どす黒い嫉妬やずるい考えはアルコールでも流れ落ちない。
女を抱く気にはなれないし、もう今はリザ以外の女には欲情しない。
体の中で自分勝手な醜い感情が渦巻いて消えない。
リザを自分のものにしたいし、実際は恋人のように扱っているし、リザは私のものでいいじゃないか。
ほかの男に渡す気などさらさらない。
リザがほかの男と食事に行くのも、向かい合って親しげに会話をするのも、恋人同士かもしれないと噂になるのも腸が煮え繰り返りそうだ。
ふと我に返ると我が儘な思考しかできない自分に気が付き、それに苛立って酒を飲む。
その繰り返しだ。
リザ以外の女を愛することができればどんなに楽かと酒臭いため息をついた。
しかしそんなことは天地がひっくり返っても有り得ない。
空になったビールの瓶を床に適当に投げ捨てた時、玄関から控え目なノックの音が聞こえた。
身を守るという軍人の習性でとっさに発火布の場所を確認したが、部屋を訪ねてきた主を、私は知っていた。
「……上がってもいいですか?…いえ、上がらせていただきます」
躊躇いがちな声の後、鍵を開ける音がして、玄関がそっと開いた。
リザにこの部屋の鍵を渡したのはずいぶん前の話だが、仕事以外であの鍵が使われるのは初めてだ。
リザは何をしに来たのだろう。
寝室の扉をしっかりと閉めているためにリザの様子が分からない。
司令部であからさまに不機嫌な態度を取り続けた私から未だ反応がないことに戸惑っているのか、それとも様子を伺っているのか、リザはしばらく電気もつけずにリビングに突っ立っているようだった。
「…少しだけ時間をください。ほんの少しでいいんです。…話を、聞いてもらえませんか」
缶のビールを開けた頃、扉を伝って微かな音がして、リザが寝室の扉に背を預けて座り込んだことが分かった。
「謝りたいことがあるんです。…昨日、中佐に黙って少佐と出掛けたことを、謝りたくて…」
結局リザがここへ来たのは仕事のためかと、また一気に機嫌が悪くなる。
私が拗ねたままだとデスクワークに影響が出るから、適当に謝って来いとハボック辺りにでも言われたのだろう。
仕事以外の理由で私のところへ訪ねてきてくれたかもしれないと、淡い期待を抱いた私が馬鹿だった。
「…昨日…少佐とあのレストランで会うことは、ずいぶん前から約束していたんです。私、とても楽しみにしていました。少佐は、私に士官学校時代の中佐の話をしてくださったんです」
リザの話を聞いてやるつもりは一切なかったが、最後の言葉を聞いてビールを飲もうとしていた手を止めた。
「一番最初に少佐と話したのは食堂でした。私は中佐の同期である少佐のことを知っていて…。そして、少佐も私のことを知っていたんです。だからあの日、少佐は食堂で私の席の向かいに座ったんです」
ビールを飲むことなどすっかり忘れ、リザの静かな声に全神経が集中している。
「少佐に『ここいいかい?』って聞かれた時、運がいいと思いました。中佐のことを聞けるかなって思って…。話が進んでいくうちに、少佐が向かいの席を選んだ意図が分かりました。少佐は私の同期のジェシカに好意を持っていて、彼女と仲の良い私に、紹介するきっかけを作って欲しかったそうです」
そういえば、リザの士官学校時代からの友人にジェシカという可愛らしい女性がいることを思い出した。
「少佐は中佐の士官学校時代の話をすること、私は少佐のことをジェシカに口利きすることで、交渉は成立しました。もっと詳しく話したいから、外で会う約束をしたんです。せっかくだから美味しいものを食べようという話になって、あのレストランを選んだのはたまたまだったんです」
心の中でわだかまっていたものが取り払われ、私はビールを机の上に置くと、ゆっくりとベッドから起き上がった。
私は、とんだ馬鹿者だ。
「私と噂になってしまって、少佐にとても迷惑を掛けました…。でも、今日、ジェシカが『少佐と付き合っているのか』と私に不安そうに尋ねてきて、そこに偶然、私を心配した少佐が来て…。二人は、うまくいきました」
リザが穏やかな声で語る。
しかしその声は先ほどからずっと悲しそうだ。
「勝手に過去を詮索するような真似をして、本当に申し訳ありませんでした。…言い訳すると、中佐は自分の過去をあまり話そうとしないので、他の方に内緒で頼ってしまって…本当にごめんなさい。ヒューズ中佐から中佐の過去の話は聞いていたんですが、もっと知ってみたかったんです…」
膝に顔を埋めているのか、リザの声はくぐもっている。
「中佐の過去を知りたかった理由は…私があなたの副官だからではなく、リザ・ホークアイとしてロイ・マスタングを知りたかったんだと思います…。こんなの、ますます不愉快ですよね…」
ごめんなさい、と謝るリザの声が今にも泣きそうに聞こえて、ふらつきながらも思わず駆け出していた。
リザが扉に寄り掛かっているのも忘れて扉を勢いよく開けると、リザの背中に扉がぶつかってしまった。
「中佐?」
「すまない。痛くないか?」
急に扉が開いたことに驚いたリザが後ろを振り返り、リザが慌てて扉から離れる。
わずかな隙間をすり抜け、飛び付くように床に座るリザを抱き締めた。
「酔って…ますか…?」
私が勢いよく抱き着いたせいでリザの体は床に倒れ込み、私を支えたままゆっくりと起き上がって、私の顔を覗き込もうとする。
私はリザの首筋に顔を埋めたまま、固くリザを抱き締めていた。
「浴びるほど飲んだけど酔ってない。酔いたいのに酔えなかった」
「…お酒くさい…」
しがみつくだけでなかなか顔を上げようとしない私の頭を、リザはそっと撫でた。
「…どうして、あいつと会った理由を最初にちゃんと説明しないんだ」
「…まだ…怒ってますか?」
「怒っていた。でも今は怒っていない。怒るもんか。嬉しい。でも君の説明不足は問題だ。…過去の話なんていくらだって話すのに。別に隠していることなんかないし、君なら何だって話す」
「…そう、ですか…」
リザもリザで安心したのか、リザは体から力を抜いて私に寄り掛かる。
「…ん?…これ…」
抱き締めているリザの体に違和感を覚えて顔を上げると、リザの姿を見て目を丸くした。
「白いワイシャツに紺の靴下…」
リザは、白いワイシャツを身につけ、そして崩した脚には紺色の靴下をはいていた。
電気のついていない暗闇の中でも、窓から差し込む月明かりのおかげで分かった。
シャツの裾から覗く脚の白さが月明かりに照らされて浮かび上がっており、紺色の靴下がその白さを際立たせている。
「シャツも靴下も両方とも中佐のものです。洗濯してあったものが私の家にあって…」
「この格好でここまで来たのか!?」
リザの肩を強く掴んで問い詰める。
「…まさか。中佐と一緒にしないでください。変質者じゃないんですから…さっきリビングで着替えたんです」
「シャツだけじゃなく靴下も私のもの…二十代後半の男の靴下…これは新境地だ…」
何かひどいことを言われた気がするが、脚を崩して床に座る無防備なリザの太ももとその奥をじっくり眺める。
「お詫び…というわけではないですが…。お詫びなんて、これで足りるわけないです。…本当にごめんなさい…」
リザが頭を深く下げて謝った。
「私が怒っているのはそれじゃないんだけどな…」
「え?」
相変わらずのリザの鈍感さに呆れながら、柔らかい胸に顔を埋めた。
「…君さ、私のことが好きなんじゃないかな」
先程からずっと聞いてみたかったことを、リザを見上げて呟く。
「…今日一日、自分なりに考えてみたんですけど…。…や、やっぱり…いや、でも…」
リザは途端に目を泳がせた。
林檎のように赤く染まった頬を両手で包み込み、できるだけ優しく口付ける。
リザ以外の女を愛することができれば、きっと楽だし、悩みなどないだろうし、安泰すぎて今頃結婚もして子供もいるかもしれない。
しかしそんなことは太陽が西から上ろうが絶対に有り得ない。
まず、私は心底リザに惚れてしまっているから。
それから、リザはたまにこうして私を最高に喜ばせることをするから。
そして、すれ違いの真相は、実は控え目な愛おしさ故だと発覚することがあるから。
ああ、本当に、大好きだ。








back





inserted by FC2 system