※未来の話です 買ったばかりのバスローブも、背中に当たるベッドの柔らかな感触も、見上げた真っ白で綺麗な天井も、まだ体に馴染みがなくて慣れない。 この一軒家で暮らし始めたのは今日からだから、当然か。 リザ・ホークアイと私ロイ・マスタングは、昨日、ささやかな結婚式を挙げた。 結果だけを言うとあまりにあっさりとしているけれど、結婚にたどり着くまでは、というかリザを恋人にするまでは、とてつもなく大変だった。 まさに茨道。 人並みの幸せを得るのを禁じて軍人として生き抜くと決めたリザに下心丸出しで近付く度に冷たくあしらわれ、「大嫌い」だと何度も言われたし、触ろうとすると殴られた。 私に対する愛情に気付かぬ振りをして、恋などしないと頑ななリザを説得しようとして、泣かせてしまったこともある。 リザと結婚をするなんて大総統になるよりも大変だと思ったこともあり、実際に私が国の頂点に立った時もリザは曖昧な態度をとり続けていたが、紆余曲折の末、リザは私のプロポーズを受けてくれた。 軍人を辞めて、こうして家を買って、それから昨日、リザは私のために真っさらなウェディングドレスを着てくれた。 こうして思い返してみると、私の望みが叶いすぎていて、なんだか夢みたいだ。 「リザー。おい、リザ。リザちゃんってば」 あまりにも幸せすぎて、いま現実だと思っているものは、リザにフラれ続けた哀れな私が作り出した妄想なんじゃないかと、本気で心配になった。 私が今いる寝室の隣の部屋はリザの部屋で、先程からずっと自室にこもっている新妻のことを呼んでみる。 壁は厚いわけではないし、大声を出せば聞こえるはずだ。 「リザー。なあー、奥さーん」 「……今、取り込み中なんです。静かにしてください」 妻はちゃんと隣の部屋にいた。 この冷たいあしらい方は紛れもなくリザのものだ。 私がリザのことを妄想する時は、もっとリザに可愛いげを出す。 良かった。 この現実は私の幻ではない。 しかし、リザは私より先に風呂に入ったというのにまだ寝室に来ない。 ずっと部屋にこもりっぱなしだ。 この家にはベッドはひとつだけで、この寝室にしかないため、普通ならば寝る場所はここだ。 もしかしたら、昨日、結婚式のあとに朝日が見えるまで激しく愛し合ったことに、リザは無言の抵抗を表しているのだろうか。 しかし、新婚早々、愛しの新妻とセックスができないなんてごめんだ。 「おーい、リザ、何してるんだ?」 「……ですから、取り込み中、です」 また壁越しにリザの素っ気ない声が聞こえる。 「そっちに行っていい?」 「えっ、駄目!駄目です!今そっちに行きますから!」 焦ったリザの声が壁の向こうから聞こえた。 とりあえず、リザはちゃんと寝室に来るようで、別々に寝るつもりはないらしい。 「は、入りますよっ」 「カモン!私の子猫ちゃん!」 扉の向こうから、何故か変に意気込んだリザの声が聞こえてきて不思議に思ったが、あまりに気にせずに両手を広げて待ち構えた。 勢いよく扉が開く。 愛する人をきつく抱き締めるはずが、私は両手を広げたまま固まった。 扉の向こうが別世界だ。 何故か輝いて見える。 私の目がおかしくなったわけではない。 寝室の扉を開けたのは、白い人だった。 白ずくめの人物が仁王立ちしている。 正確に言えば、その人物は、ショートヘアの金髪に白い花飾りをつけ、白いベビードールを着て、白いガーターベルトとストッキングを身につけ、白いハイヒールをはいている。 そして、それはリザだ。 しかし、目に入ってきた人物の詳細な情報と、リザという存在の関係がまったく繋がらない。 何故、リザが私が喜ぶような破廉恥な格好をしているのだろう。 「…は、花嫁姿?」 白ばかりを身に纏ったリザは、昨日、純白のウェディングドレスを着ていたリザに重なって、思わずそう呟いた。 「ウェディングドレスを冒涜しているのは重々承知ですが…。…はい、そのつもりです」 リザが緊張した様子で答える。 口をあんぐりと開けたまま、花飾りのついた頭からヒールの高いハイヒールまで、目を上下に動かして、何度も眺めてしまう。 「……やっぱり恥ずかしい!」 私の視線に耐えられなくなったのか、リザは顔を両手で覆って、その場にしゃがみ込んでしまった。 あ、パンツも白だ。 「見なかったことにしてください!忘れてください!…忘れられないなら、今から鈍器を部屋から持ってくるので…」 「…待ちなさい。君の部屋に鈍器、あるの?それで私に何をするつもりだ?」 新婚早々、血生臭い事件が起こりそうになる前に慌ててリザのところに駆け寄る。 「とりあえず落ち着いて。私に一から説明してくれないか?」 床に座り込み、俯いてしまったリザの頬を優しく包み込み、上を向かせる。 リザと視線を合わせると、リザはよほど恥ずかしいのか瞳が潤んでいた。 「あ、化粧してるね」 「…はい」 「可愛い。というか美味しそう」 唇に淡い桃色の口紅が引かれ、上から重ねたグロスによって光っていて、甘い果実のようだ。 目元もベージュを基調とした優しい色合いのグラデーションで彩られている。 「ウェディングドレスのつもりなの?どれどれ、よく見せて」 私に姿を見せないように胸の前で腕を交差させるリザの手首を掴み、そっと広げさせる。 「…今まであなたから頂いたものをかき集めました」 「ふむ。確かに私が昔に贈ったものばかりだな」 見覚えのある花飾りが懐かしくて、思わず触れていた。 「この花飾りは、『パーティーで付けて』って、頂いて…。でも軍人の私がこんな大きな花飾りつけるなんて、とんだお笑いじゃないですか。だから、今までずっと引き出しの中に閉まってたんです」 「君に似合いそうで、使われなくてもいいから受け取ってほしくて…つい買ってしまったんだよ。実際にすごく似合ってる」 右耳の上辺りにつけられた白い薔薇のスプレーウィットを模った花飾りは、色素の薄い金髪のショートヘアによく似合っている。 「あの、パンプスは、たまに履くんですけど…私には女の子らしすぎます」 「そんなことないと思うけどなあ」 リザの足を包む白いハイヒールはリボンの飾りがついていて、私と出掛ける時にたまに履いてくれている。 「このベビードールをプレゼントしたのはいつだっけ?かなり前だよなあ」 「このベビードールが一番露出が少なくて、一見は普通のワンピースみたいだったので、着てみたんですけど…」 リザの言う通り、袖はパフスリーブだし、ベビードールを構成する生地は主にレースで、それから至る所がフリルで飾られているため、肌があまり透けて見えない。 肌がしっかり透けて見えるのはもちろん色っぽいが、しかし、うっすらとしか肌が見えないのも、秘められた肌の美しさを暴いてみたくなるというか、奥ゆかしくてまた艶めかしい。 レースの向こうに潜んでいるきめ細やかな肌を舐めるように眺める。 「ガーターベルトもストッキングも白、そして下着も上下共に白…。素晴らしいな。…あれ、でも、この下着って確か…」 「…そうです。変なところに穴が空いてます」 ベビードールの裾をひらひらとめくって遊びながら疑問を呟くと、リザが頬を赤くした。 「純潔の花嫁が…いやらしいなあ」 「はいてみてから気付いたんです!あなたが急かすから、変える暇がなかったんですよ!」 思わずにやけると、リザが耳まで真っ赤に染めて怒鳴る。 「穴が空いている方がいいじゃないか。…で、どうしてこんな嬉しいことをしてくれたのかな?」 怒るリザを宥めようと膝の上に座らせて、背中をぽんぽんと撫でる。 「…それは…」 「それは?」 リザは顔を隠すように私の肩口に頬を埋めた。 「私、ずっと、普通の幸せを求めちゃいけないって、頑なで…。だから、あなたの恋人になる前も、なってからも、結婚する前も…あなたにひどいことばかりして…」 リザが「普通の幸せを求めない」という考えは、昔にリザが決心した生き方で、その決意に至るまでの辛い過去を私は知っているため、リザが私に何をしても気にしないでいたが、他人から見れば、私達のやり取りは猛獣と調教師のようなものだったと思う。 いつも、つれないリザを口説いていくうちに言い争いになっていたし、お互いに力付くで相手を納得させようとしていたし、それから、リザが逃げれば追い掛けて無理やりにでも引き止めていた。 殴られることは少なかったが、現役時代は氷の女王と恐れられたリザの唇から放たれる言葉の暴力の威力はすさまじく、精神的な攻撃の数々は涙なしでは語れない。 「ずっと謝りたかったんです。結婚したら、何かしたくて…。そんなことを考えていたら、ちょうどウェディングドレスの試着の日になって…。覚えてますか?あなた、ウェディングドレスを着た私を見て、涙ぐみながら無理やり試着室に入ってきて…、その…『このままここでやりたい』って、言いましたよね」 「初めて純白のドレスを纏った君を見た時は思わず目頭が熱くなったな…。あるだけのドレスを着たけど、どれも美しかった。そうだ、うん、確かに言ったな。覚えててくれたんだ」 何気ない一言を覚えてくれたことが嬉しくて、リザの額に口付ける。 「あまりに真剣な目をしていたので。…まあ、あの…そういうことです」 「そういうこと…。つまり、花嫁姿の愛しい人をめちゃくちゃにしたいという背徳感を含んだ男のロマンを叶えてくれる、と?」 「…はい…」 私が要約した言葉に対して、恥ずかしそうにリザが頷いた。 それと同時に、膝の上に座るリザを力強く抱き締めていた。 「…あ、相変わらず骨が軋む抱き締め方ですね…」 「君は…最高に素晴らしい。ああ、本当に好きだ。大好きだ。なんて愛おしいんだ」 女性を褒める言葉や口説く言葉は息をするようにぺらぺらと出てくるのに、本当に嬉しい時に最愛の人に何と伝えればいいのか分からず、もどかしい。 「…喜んでいただけたのなら…嬉しいです」 「あっ、これって夢じゃないよなっ?」 「夢じゃないですよ」 リザがくすりと笑った。 「ちょっとほっぺを摘んでくれ」 リザはおかしそうに微笑んだまま、私の頬に触れた。 「いきますよ」 「うん…いだだだ!痛い!取れる!もげちゃう!」 リザの掛け声のすぐあと、涙が出るほどの激痛が頬に走った。 「もういい!やめて!お願い!」 「現実だと信じていただけましたか?」 頬を摘むのを止めて、にこりと微笑むリザは純白に包まれているせいか天使のように愛らしくて、先程の怪力女とは程遠く、とても同一人物とは思えない。 「君は力加減が…まあいいや。…それにしてもさ」 「なんですか?」 「私がお願いしたことって、ほかにもあったじゃないか。例えば、一日中、語尾に『にゃん』を付けるとか、出掛け先で君の方から情熱的に手を繋ぐとか。…それなのに、これを選ぶとはなあ」 わざと、にやにやといやらしい笑みを浮かべてリザを見る。 「奥さんが淫乱だったとは、知らなかったよ」 「いん…っ!?ち、違います!」 「説得力がまったくないぞー。自分の格好をよく見てみなさい。君は私のことをよく変態だと言うけど、そうならば私達は変態夫婦なんだな!」 リザを淫乱や変態だなんて、もちろん思っていないが、恥ずかしさのあまり声も出せずに口をぱくぱくとしている真面目なリザをからかうのは、楽しい。 「じゃあ、変態同士、心置きなく楽しもうじゃないか」 まだ言い返せずに固まっている可愛い新妻と、これからどう遊ぼうか考えながら、リザを抱え上げてベッドに向かった。 「…あ、の…」 「うん?指が足りない?」 「違います…」 リザが濡れた吐息を唇からもらす。 私はベッドの縁に腰を下ろしていて、リザは先程のように私の膝の上に横抱きで座っていた。 ベビードールの中で指を動かすと、リザが私のバスローブを両手できつく握る。 変なところに穴が空いているおかげで、下着を脱がせずにリザをいじめることができる。 「…私って本当に…い、淫乱なんですか?」 リザが言いにくそうにもじもじしながら尋ねた。 「気にしてたの?まさか、淫乱じゃないよ。淫乱か処女かで言ったら絶対に処女」 「…例えが極端すぎます」 「だってセックスの度に怯えるじゃないか。それが初々しい」 「初々しいの意味を間違ってませんか?…私は普通なんて知らないですけど…優しい性行為なら怯えませんよ。あなたのはしつこくて、苦しくて…異常です」 「気持ち良すぎて苦しいんだろ?」 にんまりと笑いながら、リザを膝から下ろしてベッドの上に俯せにする。 「え…っ」 何をされるのか悟ったリザの顔が青ざめ、素早く四つん這いになって逃げようとする前に、腰をがっしりと両手で掴んで固定した。 「嫌っ!この格好は嫌です!」 「嘘つきだな。大好きなくせに。そのまま暴れずにいてくれよ」 自ら四つん這いになってくれたリザの濡れそぼった入口に雄を宛がい、熱いリザの中へ一気に押し込む。 リザの口から高い悲鳴がもれた。 純白に包まれたリザの体が、その繊細な美しさとは真逆の荒々しい雄の侵入によって、背を弓のようにのけ反らせている。 「いいね。本当に花嫁を無理やり犯してる気分だ」 「…や、だ…!」 リザが喘ぎながら首を横に振る。 「この体位が大好きだから、気持ち良すぎて嫌なんだよな」 どうやらリザは後ろから貫かれるのは刺激が強すぎるようで、潔癖でどんな時も理性を保とうとするリザは、この体位が好きではない。 数回軽く突き上げただけで、体を支えていたリザの腕が簡単に折れてしまって、リザの上半身がベッドに倒れ込む。 綺麗にベッドメイキングされていたはずなのに、リザがシーツに縋るように掴んで引っ張るから、ぐちゃぐちゃになってしまった。 「…あっ…あ…」 「ああ…夢みたいな光景だ」 私は今、花嫁を犯している。 私が動く度にフリルがあしらわれたベビードールの裾がひらひらと舞う。 ストッキングに汗が滲んでいる様子に目を細めて魅入った。 尻から視線を上に向けると、白ばかりを身に纏った体を揺さ振る度に、リザは繊細な金髪と花飾りを、乱れたシーツの波の上に擦り付ける。 体の中を好き勝手に蹂躙される乱暴さに、目を閉じて耐えている横顔が綺麗だ。 「あぁ…っ!」 一際強く貫くと、純白に包まれた体が震え、とうとう絶頂を迎えたリザの中がきゅうっと狭くなる。 休みを与えずに再び前後に腰を動かすと、リザの喘ぎ声が涙混じりになった。 それがますます人を煽るような声だから、いけない。 堪らずに、ストッキングのようにレースに汗が滲んでいる背中に覆いかぶさって、白い首筋に思いきり噛み付いた。 「…いた、い…っ」 噛み付かれた痛みと、のしかかられている重さから発した苦しげな訴えに聞き惚れながら、丸い尻に向かって欲を放った。 「ん…っ、…なんで…そんな…元気なんですか…!」 「元気なのはいいことじゃないか。旦那が新婚早々枯れていたら嫌だろう?」 精根尽きるまで絶対にやめるつもりはなく、リザをひっくり返したり、上に乗せたりして、まだねちねちと交わっていた。 リザの髪から花飾りはとっくに取れ、ハイヒールも脱げてしまって、シーツの上に転がっていた。 今は皺だらけのシーツにリザを仰向けに組み敷いて、玉の汗が浮く顔に口付けながら愛し合っていた。 リザはもう殴ったり蹴ったりするなどの抵抗する気力もないようで、ぐったりとした様子で私の下にいて、私に好き勝手に揺さ振られており、まるで人形のようだ。 「…あー…っ、やだ…もう…あなたなんか…」 「リザ、君と結婚できて本当に良かった」 「…え?」 リザを突き上げる動きを少し緩め、リザの両頬を手の平で包み込んだ。 「…どうして、今、そんなこと…」 リザが涙の浮かんだ目を何度か不思議そうに瞬きさせて、首を傾げ私を見上げた。 「今さ、君は、『あなたなんか嫌い』って言おうとしただろう」 「…分かるんですか?」 リザが驚いた様子で目を見開く。 「いつものパターンだよ。君はいつもセックス中にほぼ無意識に私が嫌いだと口走る。でもね、奥さん、結婚したてなんだからそんなことは聞きたくないな」 リザの唇に触れるだけの口付けをして、それから汗で濡れた髪の毛を掻き分けて耳元に唇を寄せる。 「あの屋敷でいつも私をぎこちない笑顔で迎えてくれる女の子の、あの笑顔が私の幸せで、守るべきものだった。何度も間違って擦れ違ったけど、やっとその子を迎えに行けたんだ。あの少女が私の妻になるなんて…これ以上の幸せはない」 唇を強く噛んでいるリザが目を閉じると同時に、一筋の涙が頬を伝った。 「いつも大切に扱いたいと思うよ。当たり前だ。昔は屋敷の庭で手を繋ぐだけで幸せだったのに…人間は欲張りだな。もっともっと欲しくなる。乱暴にするつもりはないんだが、いつも箍が外れてしまうんだ」 「…なんで…そんなこと、言うんですか…」 リザは両手でごしごしと雑に涙を拭いながら、拗ねたように唇を尖らせ、潤んだ目で私を睨んだ。 「君に嫌われたくない」 「私に何をしたって、私があなたを嫌えないの…知っているでしょう?…体がこんなにだるいのはあなたのせいなのに…そんなことを言われたら、何も文句を言えないじゃないですか…ずるい…」 「そうだ、私はずるいんだよ」 リザの肩口に顔を埋めながら笑うと、リザは私の髪を優しく梳いてくれた。 「本当に、すごく卑怯です…。…もういいです、もう…何されてもいいです。好きなだけしてください」 「はは、君は本当に昔から私に甘い」 「……ずるい旦那様」 リザは艶っぽい吐息混じりにそう呟くと、私を受け入れるように、しなやかな脚を私の腰に巻き付けた。 「…なんですか、これ…。…ひどい…」 私がようやく満足してリザを解放すると、リザは疲れ果ててベッドに仰向けに倒れ込んだ。 現役時代に三日間寝ずに仕事をしていた時のように憔悴している。 「なんだか…君、数時間前より痩せたぞ」 「誰のせいですか。…それより、これ…」 リザは首だけを動かしてベビードールを見て、顔をしかめている。 純白のベビードールは、どこもかしこも汗と白濁とした液にまみれ、本来の可憐さが伺えないほど、どろどろに汚れている。 リザの隣で寝ていた私は、飛び跳ねるように慌ててベッドから起き上がった。 「花嫁が白濁とした液まみれなんて、けしからん!実にけしからん!ちょっとカメラを取ってくるから待ってなさい!」 「ばっかじゃないですか!」 ベッドに力なく沈み込んでいたはずのリザの腕は、近くにあった枕を素早く掴むと、私の頭を目掛けて叩きつけるように投げた。 もちろん私は軽々と避けてみせた。 「寝室で女性から罵声と共に枕を投げられるのは慣れてる!私を甘く見るな!」 「今度変なこと言ったら…枕じゃなく鈍器が飛んできますよ」 後半、リザの声が低くなる。 「…今度、君の部屋を調べさせてもらうからね」 リザの鷹の眼が本気だったし、なによりリザならやりかねないために背中に冷や汗が伝った。 「そ、それより、お風呂行こう!な!」 「…私、もうちょっと寝ていたいです…」 「ああ、そう…。…あー…、そんなに疲れた?」 「それはあなたが一番良くご存知ですよね」 リザは釣り上がり気味の目を細めて私を睨む。 「…ごめん」 「え…っ」 思わず素直に謝ると、何故かリザが焦ったような声を出す。 「…謝ってほしいわけじゃなくて…。あ、あの…」 リザは口ごもりながら、私に背中を向けてしまった。 「……いいんです。私から始めたことですし…。それから、あなたに何をされても、多分全部、許せます…」 リザは滅多に「愛している」と言わないが、それに相当する言葉を、とても大切に想われていることを、さらっと言われてしまった。 リザが好意を含む言葉を私に対して言うことすら珍しいのに、これは大事件だ。 リザに何かを言い返すのは、やめた。 いや、本気で照れてしまって、言い返せなかった。 片手で口を押さえて赤面する。 それにいつものように軽口を叩いても、真面目に返事をしても、気まぐれなリザは照れ隠しでひどいことを言ってきそうだから、これでいい。 「ら、来年の結婚記念日が楽しみだな!」 「え?」 急に静まり返ってしまった寝室が気まずくなり、ぱんと盛大に手を叩いて話題を変える。 「花嫁プレイを私たちの内緒の決まりにしよう!そうしよう!」 「もうしませんよーだ」 「あ、今の子供っぽい言い方、可愛いな!もう一回言って!」 「嫌です」 なんて言っているけれど、馬鹿なほど私に甘いリザは私にとっての魔法使いで、必ず願いを叶えてくれる。 現役時代のようにふざけたやり取りをして、たまに喧嘩もして、かと思えば情熱的に愛し合い、いつまでたっても新婚気分でじゃれあう私達夫婦は、末永く幸せに暮らし、そして結婚記念日の夜はある特別なことをするのが決まりになっていて、めでたしめでたし。 |