※大人向けの話を置いています

熱風(12/10/31)  
スカートの中の秘密(13/07/23)  
真似事(14/06/11)  
罪(14/06/14)  
マスタング夫妻の息子(14/08/03)  



 


ベッドの上で何度も意味もなく寝返りをうつ。
疲れているのだから横になっていれば勝手に眠気に襲われるだろうと思っていたけれど、まったく眠くならない。
むしろ目が冴えていく感覚さえ覚えた。
電気を消した暗い寝室の中でため息をつく。
体が熱い。
夕方頃から薄々と気付いていた違和感が、だんだんと大きくなっていき、すでに破裂寸前だ。
体が異様に熱いのも大問題だが、それよりも体の中がおかしい。
こんなの変だ。
首を巡らせて、寝室から彼の小さな書斎に繋がる廊下を眺めた。
所狭しと本が詰め込まれたあの部屋の扉の下から、わずかに明かりがもれている。
彼は今、書斎に閉じこもり、私が介入できない錬金術の世界へと没頭している。
今日は絶対に定時で仕事を終わらせるから家に来てほしいと誘ったのは、彼の方なのに。
彼は私を子供扱いするけれど、恋人同士なのだから、家に呼ばれたのなら一緒に夕食を食べてお喋りをしておしまいではないことくらい分かるし、それを承知の上で頷いたのに。
夜はまだ始まったばかりだから急ぐ必要はないけれど、どんなに抗っても時間は流れていくものだということを忘れないでほしい。
別に彼は全く悪くないけれど、こんな状況だとつい彼を責めたくなってしまう。
食事後、「ちょっと読みたい本があるから、君は好きに寛いでいてくれ」と彼に言われた時、ひどく落胆した自分を思い出し、羞恥のせいで頬が染まる。
寝室に誘われることを、知らぬうちに期待をしていた自分がまるでひどく淫乱な人間に思えて恥ずかしい。
しかし、いつもの彼ならば夕食を終えて寛いでいる時に、私がシャワーを浴びることも許さず求めてくるから、予想通りにいかずに面食らうのは仕方がないことだと信じたい。
好きにしていいと言われても、今の切羽詰まった状態では何もすることができない。
このような体の不調は生まれて初めてだけれど、どうすれば治るかだけははっきりと分かっている。
頼れるのは世界で彼一人だけで、彼が鎮めてくれれば、この体の高ぶりは治まる。
やはり、こういう状態を世間の人々は欲求不満と呼ぶのだろうか。
嫌だな。
唇を噛んで、思い通りにならない体を恨む。
自分が生涯でこのような悩みで悶々とするとはまったく思っていなかったため、驚いたし、何より恥ずかしい。
体の異変は熱帯夜のせいだと思い込むことにしてシャワーで汗を流しても気休めにしかならず、更にお酒を飲んで誤魔化そうとしたけれど、余計に悪化した気がする。
了承を得ずに勝手に彼のお酒を飲んでしまって、まずかったかしらと今更ながらに思った。
酔わない体質のくせに酔おうと必死になり、遠慮せずに結構な量を飲んでしまった。
そうだ、謝りに行けばいいんだ。
緩慢な動きでベッドから上半身を起こす。
ふとした思いつきから書斎に行く口実ができたため、辛い状況ながらも表情が和らぐ。
こうして待っているだけでは、苛立ちと焦れったさに苦しむだけだ。
錬金術の理解を更に深めるという一人きりの時間を持つことは大事だけれど、今日だけは邪魔をさせてほしい。
私が一人で本を読んだり片付けをしたりしていると彼は必ずちょっかいを出してくるから、私が今からすることに彼は何も文句を言えないはずだ。
自分が欲求不満だと認めてしまうのは消えてしまいたいほどに恥ずかしいが、同時に、受け入れてしまえば少し大胆に動ける。
酔うはずがないのに何故か足取りが覚束なくて、しかしそれでも何とか書斎の入口に辿り着く。
「何?」
私が扉を開けて部屋に足を踏み入れると、振り向くことも本から顔を上げることもしないで、彼が静かに問う。
後ろから首に抱き着いて甘い言葉でベッドに誘えば可愛らしいのだろうけど、そのような女の子らしい行動は私には似合わないし、それにプライドが許さない。
可愛く振る舞う代わりに、木の椅子の背もたれを両手で掴むと、思い切り前後に揺らした。
「うわっ、何?どうした?」
ようやく彼の意識が錬金術の世界から私に移る。
「…寝ないんですか」
「あーあ、私の高尚な式がぐちゃぐちゃだよ…」
彼は本を読みながら小難しいことを紙に書き記していたらしい。
私が背もたれを揺さぶったせいで体と共にペンも勝手に動き、あらぬところに線が走ったようだ。
しかしそんなことは構わない。
「寝ないんですか」
「うーん、もう少ししたらそっちに行くから待ってて」
紙の上にペンを置いた彼が、体を捻って私の方に振り返る。
この部屋に入ってから初めて彼の瞳に私が映る。
これ以上待てるはずがなくて、振り向いた彼を逃がさないように彼の肩に手の平を乗せる。
「今日は早く寝た方がいいですよ。…って何かの占いに書いてありました」
「というかリザちゃん、すごくお酒くさいよ」
「勝手にお酒を飲みました。ごめんなさい」
「別にいいけど…もしかして酔ってる?」
「まさか」
「だよなあ。君は面白くないくらい酔わないもんなあ」
「それより、寝るんですか?寝るんですよね?寝たそうな顔してますもんね。さあ、早く寝ましょう」
「ほう、ずいぶん強引だな。そんなに寝てほしいのか。…私に放っておかれて寂しかった?」
「どう解釈なされても結構です。ただ、あなたが寝ないっていうなら邪魔します」
「君が私の邪魔をするところを見たいから、寝ない」
何かのゲームでも始めるかのような楽しげな口調で彼は言う。
彼は私の腕をやや強引に引っ張ると、椅子に座る彼の膝の上に私の体を引き上げた。
「で、一応確認なんだが、『寝ましょう』って…その、誘われているんだよな、私は。なあ、少尉」
「女性にそんなことを言わせないでください」
「だって、君はさ、自分だってしたいくせいに嫌な振りをする時があるじゃないか。そんな君が唐突に迫ってきたら聞きたくもなるだろう。こうも積極的だと、酔ってないけど酔っているみたいだな。酒の力を借りてないのは嬉しいけど、私は……」
「女性の扱いに関しては国一番だと豪語していたのはどなたですか?…積極的な理由くらい察してくださいよ…」
驚きを隠さずに私を眺め、どうでもいいことばかりを話すお喋りな口を唇で塞ぎ、その後、小さく恨み言を呟いた。

片足の足首に引っ掛けていたショートパンツと下着がずるずると下がっていき、今にも足から抜け落ちてしまいそうだ。
彼か私のどちらかが動く度に木の椅子がぎしりと軋む。
彼を受け入れた場所が火傷しそうなほど熱くて、のぼせた時のように頭がくらくらする。
「リザ、噛めるか?」
彼は私のシャツを思い切りたくし上げると、裾を噛むように促す。
我慢できず漏れる声がうるさかっただろうかと心配になりながら、言われるままに裾をきつく噛む。
しかしそれは杞憂に終わった。
シャツの下には下着を身につけておらず、あらわになった汗ばんだ素肌と、動く度に揺れる乳房に彼は熱い視線を注いでいた。
私の瞳はみっともないほど快楽に潤んでいるに違いないが、彼の吐き出す息も荒々しい。
「いいねえ、そそるな」
変態と心の中で罵りつつも、彼の無骨な指が胸に食い込む光景をすぐ真下で見ると背筋が痺れた。
「んん…っ!」
「…あっ、すまない。大丈夫か?」
不安定な場所で交わっているせいか、急に一番奥を突かれ、驚いて声を上げてしまう。
咄嗟に両手で彼に強くしがみつく。
彼から先ほどの余裕の笑みはすっかり消え去り、今はただ心配そうに私を見上げ、落ち着かせるように何度も背中を撫でている。
「ごめん…痛くない?怖いか?」
彼の言い付け通りにシャツを噛んだまま、平気だと力強く頷く。
強がりではなく、驚いたものの本当に痛みを感じなかった。
奥の奥をえぐられるなんて、こういう行為に関してまだまだ初心者の私は本来ならば怖くて怯えてしまうが、今は強い刺激が何故かとても心地良い。
言葉を話せない変わりに、彼の太い首に腕を回して裸の体を密着させ、同時に物欲しげに彼を見つめて、続けるよう訴える。
「…こっちに移るか」
私の視線の意味をすぐに察した彼は、私の上半身を後ろにある机に横たえた。
「…中佐?…あ、の…」
「ん?ああ、やっぱり机だと背中が痛いか」
「そうじゃなくて、このままだと紙が…」
行為を続けるよう促したくせに、最後まで言葉を紡ぐのは何故か気恥ずかしい。
彼が何かを書き記していた紙の束が背中の下敷きになってしまっている。
汗をかいているから紙が汚れるのは避けられないし、更にこのまま揺さぶられてしまえばぐしゃぐしゃになってしまって、紙は使い物にならなくなる。
それから、すでに椅子で交わってしまったものの、彼が父の元にいたころから熱中し、大切にしてきた錬金術の空間を部外者の私が汚すわけにはいかない。
「別にそんなものはどうだっていいよ。それより痛くないか?」
しかし、彼はあっさりとこう答えた。
高尚な計算だとか言っていたくせに。
そんなことが頭をよぎるが、今はとにかく体の中をいっぱいに満たしてほしくて余計なことは口にしない。
ベッドに移るという話になると面倒臭いし、何よりベッドまで我慢できそうにない。
「痛くないです」
彼の背中に腕を回し、私が爪で肩を軽く引っ掻くのを合図に彼が再び動き出す。
捲くり上げたシャツの下で二つの胸が揺れる様を満足げに見る彼の様子をうっとりと眺めていたけれど、容赦なく攻め立てる動きにだんだんと余裕がなくなり、彼が深い場所に入り込んできた時にはとうとう視界が白く弾けた。
「…マスタングさん…」
強い快楽に負けて、軽くだがしばらく意識を失っていたらしい。
掠れた声で彼を呼ぶ。
意識が現実に戻ってきた時には、彼は私を気遣って緩やかに律動を繰り返していた。
彼は高みに昇った私をさらに激しく攻める意地悪な時もあれば、こうして私が落ち着くのを待ってくれる優しい時もある。
しかし今はその優しさが辛い。
息の仕方を忘れてしまうほどの苦痛に似た快楽が欲しい。
先ほど奥の奥を突き上げられたような痛みと紙一重の刺激でなければ、足りない。
「…マスタングさん、動いて…」
私の言葉に彼は目を丸くして驚いた。
絶頂を迎えたばかりの体を貪られることを私が嫌うのを、彼が一番よく知っているのだから当然の反応だろう。
しかし、そんな彼の様子がもどかしくて腰に脚を巻き付けて無理やりにでもこちらに押し付けてしまおうとしたけれど、脚に力が入らないことに気付く。
「動いてって…。そりゃあこんなにきつかったら動きたいけど、君、今…」
「大丈夫です…本当に動いても大丈夫ですから」
「いつも嫌がるじゃないか。まあ、それは私がひどくするから当然だけど」
「今は平気なんです…だから早く…。マスタングさん、お願いだから…」
「早く」だなんて、とても自分が発した言葉とは思えないが、はしたないと反省するほどの理性が残っていない。
欲望を丸出しにして物欲しげに彼を見つめていようと構わない。
アルコールのためなのか分からないが、体が言うことを聞かず、腕にも足にも力が入らずに、重力に従ってだらりと机から力無くぶら下がっている。
いつものように手と足で彼にしがみつくことができず、彼はこんなにも近くにいるのにとても遠くに感じてしまって、不安で仕方ない。
おまけに、これも酔いのせいなのか感覚が鈍くなっていて、部屋の暑さも行為独特の匂いも分からず、唯一繋がっている場所でしか彼を感じられなくて、乱暴でもいいから早く動いてほしい。
お願いだからと、泣きそうな声でもう一度懇願すると、彼は深いため息をついた。
「そんな顔で拒否されるのは見慣れているけど、まさかねだられるとは思わなかった。今日は本当におかしいな、君」
「…自分でもそう思います」
「…あとから怒るなよ」
「怒りません」
手足が自由に動かない代わりに、少しだけ頭を浮かせて、目の前にある彼の喉元に柔らかく噛み付く。
頭がおかしくなりそうだと、彼はどこか苛立たしげに呟いた。
私の脚を両手で持ち上げると、彼は望み通りに乱暴に私の中を掻き乱す。
シャツを噛む暇もなく喘いでしまって、彼の好きな光景を見せることができない。
その代わりに、私が愛してやまない彼の表情を見ることになった。
苦しそうに、でもどこか恍惚と歪めるこの彼の顔を見るとたまらなく嬉しくて、彼にすべてを捧げても良いとさえ思える。
避妊具越しに精を放つ彼の苦悶にも似た表情を見上げながら、私もまた再び頭が真っ白になった。
「…やだ…」
「…え?」
私の胸に頬を押し付け、荒々しい呼吸を落ち着けていた彼が不思議そうに首を傾げた。
体から出ていこうとする彼を、私がか細い声で引き止めたからだ。
「…駄目…」
「いやね、一回出さないと…」
「もう一回できます」
「は?も、もう一回?…でも、もう一回するにしても…ほら、変えないと」
「変えなくていいですから…」
早く動いてくださいと、彼の耳たぶを舐めながら囁く。
神経のひとつひとつが壊されていくような感覚に襲われ、再び怖くなってしまう。
体が外から受け取るはずの情報を今はほとんど感じ取ることができず、まるで外から遮断された気分だ。
視界はぼやけるし、肌を流れる汗のべたつきが分からないし、様々な感覚が麻痺していく中、外の世界と私を結ぶ唯一の糸が彼との繋がりだった。
その糸を解いてしまうのは恐ろしいし、何より欲求不満のせいで体はだらしないほど彼を欲しているし、このまま止めてしまうのは鬼畜の所業とさえ思う。
「ねえ、マスタングさんってば…」
「うっ、締めるな!」
「え?そうですか?」
「…とりあえず一回抜く」
「…こんなに辛いのにひどいですよ…なんで意地悪するんですか…このままもう一回…」
「意地悪じゃない!男はな、すぐに『気持ち良かったからもう一回』とはいかないの!それから私は若くないから余計そうなの!」
いつもだと私が降参だと訴えても、彼が満足していないために彼は私の中に居座り続けるが、立場が逆だとそう上手くいくわけではないらしい。
しかし、普段は我が物顔で私の中を荒らしていくから、今の彼を意地悪と思ってしまっても当然な気がする。
「じゃあそういう状態になるまで待ってます」
「…このままで?」
「はい」
「君、本当におかしいな…。君が酔うはずはないのは分かっているけど、酔っているようにしか思えない。それか人格が入れ代わった?…あ!頭でも打ったか!?」
素直になれず、おまけに可愛くもない性格なのは自覚しているが、ひどい言われようだと思う。
「別に何も…。…でも本当に自分でも変だと思います…。とにかく熱くて…」
欲求不満、熱帯夜、酔っ払いの三拍子が揃っていなければ、頭を打とうと絶対に彼を誘うようなことはしないという自信がある。
本当に今日はどうかしているのだ。
「うーん…酒のせいなのか変に体が熱いな。まるで熱でもあるみたいだ」
「なんだか、まるで熱があるみたいに体が熱くて…」
彼と私は同時に呟いていた。
先に状況を理解したのは彼で、私は何が起きたか全く分からず、相変わらずぐったりとしたまま机に横たわる。
「ね、熱!?これは熱…!?…おい、君、熱があるじゃないか!」
「あぁ…っ」
繋がったままだというのに彼はそれを気に留めずに、私の胸に伏せていた体を勢いよく起こし、私の額や首のうしろなどを慌ただしく手の平で触る。
不意に、彼のものがまだ物欲しげに引き攣る肉を擦ったために、たまらず甘い悲鳴が上がる。
「だからきつくするな!」
「だって…」
「体が熱いのは熱のせい?この色っぽい声も鼻声か?…突然発情したのも風邪のせいか!?」
「ひぁっ」
大声で情報を口にして状況を整理した彼は、乱暴に私の体の中から出ていってしまう。
そして彼は急いで私の体を抱え上げて部屋を出た。
「そんな、中佐…もう一回…」
「馬鹿か!そんな場合じゃないだろう!」
不満を口にすると、ものすごく怖い形相で怒鳴られてしまう。
「なんでよ」と唇を尖らせている間に、いつの間にか寝室に運ばれベッドに寝かされる。
それからのことはあまりよく覚えていないけれど、体を拭かれて着替えをして、薬を飲まされ、それから氷枕を作ってもらったはずだ。
「…あともう一度できますよ」
「……朝一で買うもののリストを作ろう。うん。まずは食物か。果物がいいかな」
「できますよー…」
「林檎を買おう。リザは林檎が好きだもんなー。うさぎさんにしてあげるからなー。あとは奮発してメロンも買おう!」
「…聞いてますか?」
「すまないが何も聞こえない」
何度も「もう一度」と主張したのに彼はあからさまに無視するばかりで、それに負けず言葉で誘い続けたけれど、風邪のせいなのか、事後のせいなのか強い眠気に襲われる。
「風邪が治ったら足腰が立たなくなるくらい付き合ってあげるよ。…はあ、こんな時ばかり積極的になるのか…」
少し憎らしそうに私を眺める彼を見て、今でいいのにと私も恨めしい気持ちになりながら、眠りの世界に落ちていった。




 


今夜は大佐と久しぶりのデートだ。
二人きりでゆっくりと過ごせる上に、何と私のお気に入りである少々お高いレストランにも連れて行ってくれるらしい。
もちろん大佐の奢りで。
新米の軍人がこっそりと作った「東方司令部で怖い女性ランキング」の一位に輝いた私でも、今日のデートを何日も前から楽しみにしていたし、こういう日はしっかりとおめかしだってする。
勤務中は纏めていた髪をおろして丁寧に櫛で梳かし、ポーチの中から普段はあまり使わない化粧道具を取り出して、瞼や唇に乗せる色を少しだけ鮮やかな色へと変える。
身に纏う黒いワンピースはクローゼットに並ぶ服の中で今一番のお気に入りで、着るのは今日が初めてだ。
袖はパフスリーブで、ボタンが花の形になっていて、それからレースをあしらった襟は私には女の子らしすぎるけれど、そこに一目惚れをして、散々迷った末につい買ってしまった。
私が持っているパンプスの中で一番ヒールの高い靴を履いて、コツコツと道路を鳴らして待ち合わせ場所まで向かう。
「いいところのお嬢さんが近付いてきたと思ったら、中尉じゃないか」
華やかな服を着た華奢で可愛らしい女性をたくさん見てきた大佐が、私を見て似合わないと笑ったらこのヒールで蹴ってやろうと思っていたけど、大佐は私の姿を見るなり可愛いだとか清楚だとか嬉しそうに褒める。
「好評で良かったです。大佐もまるで御曹司みたいですよ。髪型とか」
「まさか君もハボックみたいに私を坊ちゃん頭だと言いたいのかね?行き先を安い飲み屋に変えようかなあ」
「冗談ですってば。本当に素敵ですよ、大佐」
高級品に疎い私でも上等な生地と分かるスーツを着こなす大佐は、品の良さや物腰の柔らかさが外見から溢れ出ている。
もちろん外見通りのひとなのだけれど、軍人である大佐の獰猛な部分も知っている私としては、彼の中に優雅な面があることをついつい忘れがちだ。
「まさか君に褒められるとはね。では今夜は令嬢と令息同士、楽しく過ごそうじゃないか」
大佐が腕を差し出し、その仕草があまりに自然な流れだったために私は戸惑わずに腕に寄り添う。
こういう仕草が気取ったように見えず、むしろ絵になるのがこの人のすごいところだと思いながらレストランに向かった。


大佐のことを上からじっと見下ろしていた。
食事を終えたあと、大佐の家に向かうと彼は早々と私を寝室に連れ込んだから、押し倒される前に私が彼を押し倒した。
私も大佐も靴をはいたままベッドの上にいるけれどあまり気にならない。
太ももに隠し持っていたホルスターだけは、今後邪魔になるかもしれないからもうすでに取り去ってしまった。
大佐は、最初は私に組み敷かれて驚いていたものの、今は何も言わずに私の次の動きを待っている。
年上で、品があって、いつも余裕のある大佐を見ていると、たまに涼しげなこの顔が取り乱す様を見たくなる。
今がまさにそんな気分。
大佐のネクタイに指を絡ませながら、どこでどうするかを考える。
食事のあとに再び紅を乗せた唇にするか、「可愛いワンピースだけど胸が見えないのが残念だ」と言っていたから胸にするか、それとも難易度が高いけれどハイヒールにするか。
どうしよう。
迷った末に、無難だけれど、歩く度にスカートの裾から見え隠れする膝を大佐が熱心に見ていたから、脚を使うことにした。
まるで大佐の下腹部を隠すように広がったスカートが覆いかぶさっている。
スカートの中に手を入れて、手探りでベルトを外すのに少し苦労したけれど、初だった頃と比べるとかなり慣れた手付きになったと思う。
ファスナーをおろし、下着を少しずらしてまだ熱くなっていないものを取り出す。
それを手の平で握って、大佐の上に跨る私の太ももの内側に擦り付ける。
大佐は両方の太ももできつく挟まれるのが大好きだけど、この体勢だとそんなことはできないから、今は片方の太ももで我慢して欲しい。
傍から見れば、彼曰くいいところのお嬢さんが御曹司を押し倒しているだけに見えるのだろうか。
実はスカートの中では他人にはとても見せられない淫らなことをしているなんて誰も思わないだろう。
ただひたすら内腿の同じ場所に擦り付けているだけで、弱い部分を責めるだとか強く扱くだとか、そういうことは特に何もしていないのに手の平の中のものがだんだんと熱を持つ。
この行為も太ももが汚されていく光景もスカートが隠してしまっているし、私も大佐もしっかりと服を着たままだから目から得る快楽はないはず。
まだ口付けもしていないし、私達はひたすら無言で大佐を煽るようなお喋りすらしていない。
そんなに太ももがいいのだろうか。
変態ですね。
そんな意味を込めて蔑むように大佐を見る。
大佐は何も言わずに黙ったままだ。
たまに、口や胸で愛撫をしましょうかと申し出ると、大佐は大袈裟だと呆れるほど喜ぶけれど、太ももを好きにしていいですよと言った時の彼は喜ぶ上に目がきらきらと輝いているように見える。
まだ純粋だった頃の私は素股という言葉すら知らず、太ももで挟んで慰めるなんて変態じみた行為は背徳感すら覚えたものだった。
今ですら、何故ここまで大佐が太ももを愛するのか理解できないけれど、行為自体にはすっかり慣れてしまった。
ジャケットを着込み、ネクタイも外さぬままの大佐はやはり暑いようで、額にうっすらと汗が浮かんでいる。
私も首元まであるボタンを一つも外さずにワンピースを着ているために、体にこもる熱の逃げ場がなくて暑い。
プライドの高い大佐は声をちっとも出さないけれど、だんだんと息が乱れてきている。
溢れる液体のせいで擦り付ける動きがスムーズになり、太ももに押し当てようとする際にたまに滑ってしまうほどで、何故か私が甘ったるい声を出してしまいそうになる。
唇を噛んで声を出すのを我慢した姿を大佐に見られたくなくて慌てて俯くと、髪の毛が肩から滑り落ちて横顔を隠す。
ただただ単調な動きを飽きることなく繰り返していると、ふと低く呻いた大佐が顔を歪め、それと同時に吐き出された精液が指にこぼれ落ちた。
大佐を愛撫していた方の太ももに、精液で汚れた手をなすり付けた。
「このワンピース、ペチコートの裾にもレースがあしらわれていて可愛いんですよ。見たいですか?」
不規則な呼吸を繰り返す大佐に向かって微笑んで、彼を跨いだまま膝立ちになる。
汚れていない左手でスカートを焦らすようにたくし上げた。
レースをお披露目したあと、さらにスカートを腹までめくり上げ、白濁とした液体が太ももを伝う様子を見せつける。
「こんなに汚して…この変態」
にこりと笑って、しかし侮辱を含んだ眼差しで大佐を見下ろして、彼を罵る。
「確かに性行為に関して私は紳士的とは言えないけどね、君には言われたくないよ」
汗ばんだ前髪を鬱陶しそうに掻き乱しながら、大佐は勢いよく上半身を起こした。
暑いと愚痴を零した大佐は、ジャケットを脱ぎ捨ててネクタイを取り去り、次はシャツのボタンをいくつか外す。
変態と言われた大佐の様子はいたって普通でつまらない。
というか大佐は自らを変態と認めてしまったし、彼を辱めるには少々手間が掛かりそうだ。
「私は、何もされていないのにここまで下着を汚してしまう君が心配だよ、中尉」
大佐の人差し指の腹がショーツをなぞる。
太ももを見せつけるためにスカートをたくし上げているせいで、まるで触って欲しいと訴えるように、目の前にいる大佐に下着を晒していることに今さら気付く。
しかし特に恥ずかしさを感じず、スカートを持ち上げたまま大佐に身を任せる。
自分でもよく分かるほどショーツの中がぬかるんでいる。
溢れ出て染みを作った部分に大佐が指の節を遠慮なく押し付けてくるから、足から力が抜けてしまってふらついて、スカートから手を離し、つい両手で彼の肩に縋り付いてしまう。
「中尉、今は私にしがみついては駄目だ。私も中尉を支えないし、君は一人でお気に入りのペチコートのレースでもいじってなさい」
「…どうしてですか?」
「そういう遊びだから」
「…分かりました」
あっさりと納得した私は大佐に逆らわずに、彼の肩から手を離して代わりに両手でスカートの裾を握る。
大佐とこういう遊びをするのは嫌いではなく、むしろ今日は待ち望んでいたほどだ。
「私が良いと言うまで膝立ちでいることができたら君の勝ちだよ」
「私が勝ったら、ヒールの尖った部分で大佐をいじめてあげます」
「それは私にとってかなりのご褒美な気がするんだが…。じゃあ中尉が負けたら、そこに立ってもらおう。脚ががくがく震えて尖ったヒールで立っているのが辛くなるような良いことをたくさんしてあげるよ」
いつも余裕たっぷりの大佐の顔を崩してやりたいのは嘘ではないけれど、今晩は少しだけ普通ではない行為に溺れたいのも本音だ。
何をされるか分からないから身を差し出すリスクは高いけれど、その分得られる快楽も大きい。
久しぶりにゆっくりと大佐と夜を過ごせるのだから、まともな思考ができないほど気持ち良くなって、彼と一緒に快楽の底へ落ちてしまいたい。
はだけたシャツから覗く大佐の首に噛み付きたくて見つめていると、私の視線に気付いた彼が仕方ないといった風に笑う。
「まだ駄目だよ。これで我慢しなさい」
大佐が唇に人差し指を押し当て、私はそれを咥え込む。
大佐の指に舌を絡ませるだけで気分が高ぶってしまう私は相当飢えていたらしい。
「まさかあのお固いホークアイ中尉が、スカートの中では、太ももを汚されて喜ぶあまりこんなに下着を濡らしているなんて誰も想像できないだろうな」
ショーツの縁から指が入り込み、一番熱い部分に直接触れられると体の芯が痺れて思わず声を出してしまう。
「そういうところが好きなんだけど…どうしてこう育ったのかな」
「大佐が恋人でなければ…んっ…、私は素股なんて知らずにいたと思います…」
「それは光栄だな」
上擦った声で、あなたが悪いのだと言えば大佐が満足げに笑う。
敏感な芽の周りをくるくるとなぞるばかりで焦らすような触り方を始めた大佐の指を軽く噛んで、ちゃんと触って欲しいと訴えると彼の唇が意地悪く弧を描く。
大佐も私に負けじとこの戯れを楽しんでいることに気付いて背中がぞくりと震える。
慎みや恥じらいを忘れ、常識に囚われず素直に欲望に従う夜はまだ始まったばかりだ。




 


自分の体の中心から流れる血を見て思わず涙が溢れるほど喜んだのは初めてだ。
月に一度、女だと思い知らされうんざりするこの現象は、今は体に自分以外の命を宿していないことを教えてくれていた。
司令部内のトイレということも忘れ、安堵のあまり体から力が抜けて床にへたり込みそうになる。
見知らぬ二人の男に司令部内の倉庫に引きずりこまれたあの夜から、この日をどんなに待ち望んだことか。
恐怖のあまり冷静になれず、男に関する情報を何一つ掴めぬままだった情けない私の記憶が正しければ、孕むようなことはされていない。
私の口と顔は精液でひどく汚れたけれど、太ももをなぞっていたナイフが下着を引き裂くと同時に私はなんとかもつれる足を叱咤して逃れた。
臆病な私が自分の都合良く記憶を作り変えていなければの話、だけれど。
知らない男の精が体に満ちて実を結んでいたらと考える度に吐き気に襲われ、怯えた日々を過ごしていたけれど、もう大丈夫だ。
最悪の事態は間逃れた。
今この瞬間、あの夜の出来事をようやく過去のことにすることができた。
殴り蹴られたのは服を着れば隠れる部分だけで、これは幸いだと思う。
腹や足などの体の傷は残っても構わない。
あの人を守れる体でいてくれるならそれでいい。
いま抱えている仕事は急ぎのものではないからあと少し片付けたら、仮眠室で休もう。
新しい恋人に珍しく夢中なマスタング中佐が、ここ最近は早々と仕事を終わらせてデートに向かうため、家で休む時間が増えたものの、あまり眠れなかった。
鏡に映る自分の顔は寝不足でひどい有様だ。
しかし今日はよく眠れるだろう。
腹が鈍く痛むものの、トイレを出て廊下を歩く足取りは軽い。
今日までマスタング中佐に何も気付かれなくて良かったと、心から思う。
きっと彼は私の見苦しさを咎めたり、呆れたりはしない。
彼は私の体を心配して、私以上に相手の男達を憎んで、そして助けに行けなかった自分をひどく責めるだろう。
私は、優しすぎるあの人の負担になってしまうのが何よりも怖い。
国の未来というとてつもなく大きなものを背負っているにも関わらず、中佐は周りの人間が抱く負の感情まですべて零さずに掬い取って、痛みを共有してしまう。
これ以上、彼の重荷を増やすわけにはいかない。
副官の失態にすら深く傷付くあの人にだけは、何が何でも知られてはいけない。



書類の確認を終えて執務室を去って行ったホークアイ少尉は、寝不足と体調不良のせいで顔色が悪かったけれど、憂鬱な雰囲気はすっかりと消え、晴れ晴れとした表情さえ見せた。
ペンを動かす手を止めて深く息をはく。
どうやら彼女の中で何か区切りをつけることができたらしい。
私が気付いていないわけがないじゃないか。
あの下手な演技で私を騙せると思っている少尉の甘さに思わず笑ってしまうが、同時に、巧みに私に嘘をつく女になんてなってほしくないとも思う。
ぎこちない演技で私を騙そうと少尉があまりにも必死だから、騙されている振りをしてあげようと思ったのだ。
少尉は何としてでも私に知られたくはなかったようだし。
少尉を襲った男二人を焼き殺してしまいたくなる衝動に何度も駆られたけれど、彼女がそれを少しも望んでいないことが、怒り狂う私を何とか冷静にさせた。
しかし、直接手を出さぬものの、少尉を襲ったこと以外にも余罪が出てくる二人の男に適当な命令を下して、北の大地へ飛ばすことだけはしてしまった。
奴らが弱肉強食の世界で生きていけるわけがないことはもちろん分かっている。
無理にでも病院へ連れて行くほど精神的に参っていたり、異性との接触に恐怖を覚えたりしていたわけではない少尉の様子を見ては安心する日々が続いた。
平気な振りなんかやめてしまえと抱き締めてしまいたいのを堪えて、恋人に夢中な振りをして仕事を早く切り上げ、少尉を早く休ませることぐらいしかできなかった。
分かっていたことだが早く帰らせてもなかなか眠りにつけなかったようだし、おまけに今は体調も悪いし、少尉はそろそろ仮眠室へ向かうだろう。
頼まれた訳ではないし、少尉が私に頼むことなど絶対にないが、時間より少し前に私が彼女を起こしに行こうと勝手に決める。
私を守ることができれば満足してしまう健気で、傷だらけで、しかし温かな体に触れて、少尉がけじめをつけることができたように、私も彼女が無事だったのだと確認したい。
少尉が弱さを晒しても私は失望もしないし、負担にも感じないのに、彼女は頑なに私の助けを拒む。
私なんかのために傷付かなくて良いのです、と、昔少尉が言っていたけれど、それは無理な話だ。
少尉は私の大切な人なのだから。
私が少尉を心配するたびに彼女は悲しげな顔をするから表立って手を差し伸べることは控えているけれど、影で工作することは許して欲しい。
私達の関係が正しいと言えないのはもちろん分かっているが、真実を知れば少尉は苦しむだろうから、今はまだこの距離でいようと思う。
元々気が短い性格だというのに、好きな女の嘘に付き合ってやるだなんて、彼女のせいで妙なところで寛容になってしまったものだと苦く笑った。




 


背中を焼かれても彼女は小さく呻いただけで、叫び声を上げなかった。
あっという間に赤く染まった背中を見て叫んだのは私だった。
殲滅戦は終わり、ようやく自分の部屋へ帰ってきたというのに、地獄はまだ続いていた。
私は指先ひとつでこんなにも簡単に人を殺してきてしまったのだ。
そして最愛のひとをも傷つけてしまった。
立っていることができずに膝から床へ崩れ落ち、両手で頭を抱えて、泣きじゃくりながら「ごめん」と何度も謝る。
床を這って私の側に来た彼女は、謝らないでくださいと言って、涙で濡れた私の頬を何度も撫でた。
火傷を負っている彼女を看病するべきなのに、情けないことに私が彼女に宥められていた。
彼女をベッドに寝かせたあと、何か欲しいものはないかと尋ねると、彼女は時計を枕元に置いてほしいとだけ言った。
引き出しの中や棚の上など、長らく人の出入りがなかった埃まみれの部屋の中で私は必死に時計を探した。
医者ではない素人の私が彼女の痛みを取り除くことなどできず、だからせめて、それ以外の望みは何でも叶えてあげたかった。
早く見つけ出さなくてはと思いながらも、彼女の肌を焼いた瞬間が頭にこびりついていて冷静になれず、机の上に置いていた時計ひとつ探し出すのにもずいぶんと時間がかかった。
彼女が時計を置いてほしいと頼んだのは、彼女自身のためではなく私のためだった。
彼女が寝ているベッドの足元にへたり込み、昼も夜も、泣きながら謝る私のことを彼女はいつも気にかけてくれた。
朝ごはんは食べましたか?
天気がいいようなので散歩に出掛けたらどうですか?
いい加減お風呂に入らないと駄目ですよ。
日付の感覚を失くし、昼夜の区別すら曖昧になった私に代わり、彼女は時計を頼りに私に人間らしい生活をさせようといつも声を掛けてくれた。
痛みで頭が朦朧としているくせに、彼女が気遣うのはいつも自分のことではなく私のことだった。
未来を築くために命を奪うのではなく、ただ己の欲を満たしたいがためにこの焔を使い人殺しになった時、君が私を殺してくれ。
罪の意識から逃れたくて誓いの言葉をうわ言のように繰り返すたび、彼女は丁寧に何度も頷いてくれた。
私はこうして彼女の側でくずおれて泣き言を言い、そしていつの間にかベッドに寄りかかって眠ってしまうという数日を過ごした。
彼女はしきりに何か食べるように勧めてきたけれど、ひどい吐き気に悩まされていた私はとても食べ物を前にする気にはなれなかった。
まるで私を責めるように、彼女の背中を焼いた時のことが、朝も夜も構わずふとした瞬間に、色も音も匂いも鮮明に蘇り、目の前に広がる。
さらに、自分の指から作り出した焔が、彼女の背中だけはなく体ごと飲み込んで燃えてしまうという最悪な続きまで付いている。
想像の中で彼女が燃え尽きるたびに手足が冷たくなって体が震え、胃の中のものが込上げてきて、何かを口にすることなどできなかった。
そして、彼女が灰になる悪い夢は未だに私を蝕んでいる。
これは罰だ。
すべてを灰にしてしまう焔がどのような結果を招くかよりも、綺麗な理想のことばかりを考えて、欲しいままに力を手にした罰なのだ。



「痛い?」
私がわずかに眉をひそめたのを彼は目敏くも見逃さなかったらしい。
彼は腰の動きを止めて、私の顔を心配そうに覗き込んだ。
「平気です」
「本当に?」と聞きたそうな彼の頬を両手で包み込む。
「……気持ち良かったんです」
小さな声で本心を伝えると彼は安心したように笑って、頬に軽く口付けると再び動き出す。
彼は意地悪で尋ねている訳ではなく、純粋に心配してくれているのは分かるけれど、このやり取りは未だに慣れず気恥ずかしい。
彼はいつも優しくて、そして困ってしまうほど心配性だ。
今この瞬間、私の中に入り込んでいる時でさえ紳士的で、彼がベッドの上で理性を無くして暴走することなど滅多にない。
ふと厚い舌で肩を舐められて、背中が震える。
肩には先週の訓練中にいつの間にかできていた小さな痣がある。
彼はこの痣が気に入らないのだ。
「もう痛みは、ない、ですから…っ」
「そう」
だから大丈夫です、と言う代わりに
、急に奥を擦られ、私は思わず喉を晒して喘ぐ。
彼は私の体にできた傷を見ると途端に機嫌が悪くなる。
彼が口に出して不満を言うことは今まで一度もないけれど、声にする代わりにこうして無言で私を責める。
「…ごめんなさい…」
「うん」
私が謝るまで彼は私を絶対に許さず、こちらが折れるまで静かに、いつまでも執拗に私を追い詰める。
「君が傷付くのが何よりも恐ろしい」と彼が苦しげに零したのは、私が彼の副官になったばかりの頃だ。
テロリストから彼をかばって足を負傷した時、ただ銃弾が掠っただけだというのに、彼は血を流す私よりも青ざめた顔をしていた。
彼の様子がおかしいことに気付いたのはそれから数日後で、慌てて問いただすと、何も口にできなくなってしまったのだと彼は打ち明けた。
私が血を流す様子が、背中を焼いてもらったあの晩に痛みに歪む私の姿と重なり、嫌なことばかりを思い出して、とても冷静になれないと彼は言った。
軍人なのだから怪我をせず過ごす方が難しいし、何よりいつ死んでもおかしくない私の怪我ごときで悲しんでいたらきりがない。
彼は立ち止まる暇なく頂点まで上り詰めなければならないのだから、多くのものを見て見ぬ振りをして、多少の胸の痛みはごまかして進むべきなのに。
彼の弱さを指摘しようとして、できなかった。
強くあろうとする彼をここまで追い詰めたのは、私だ。
「…少尉?」
「…何でもないです…」
あの時の、まともに物を食べれなくなった彼の生気のない瞳を思い出すと、今でも目の奥から熱いものがこみ上げる。
咄嗟に瞼の上に腕を置いて隠したけれど、彼は敏感に涙を流す気配に気付いたようだった。
肩の傷なんてちっとも痛くないけれど、胸が苦しい。
マスタングさん、もう軍人になったから、体も心も少しは強くなったから、リザはこんな怪我くらい平気なんですよ。
「何でもないんです、大丈夫なんです…」
「どうした?リザ、何か嫌だった?」
背中を焼いて欲しいと頼んだのは、けじめをつけるためであって、決して彼をさらに苦しめるためではなかったのだ。
背中に刻まれた秘密を見せた時も、殲滅戦で再会した時も、陣を焼き潰してもらった時も、そして今ですら、私はいつも「そんなつもりではなかった」と言うばかりで、こんな愚かな私こそ責めてくれれば良いのにと思う。
私は大切なこのひとを何度傷付けば気が済むのだろうか。
これは罰だ。
憧れを語る彼の夢を一緒に見たくて、無知で愚かな子供が、代償を考えずに力を与えた罰だ。




 


きつく締め上げられて精を放ったあともまだ物足りず、火傷しそうなほど熱いリザの中に入り込んだまま、汗で長い髪が張り付いた首筋を吸い上げる。
ひときわ高い声で喘いだのを最後に、リザはまるで眠ってしまったかのようにしばらく瞳を閉ざしたままぴくりとも動かないでいたが、胸を手の平で強く揉み込むと眉を寄せた。
下腹部からなかなか圧迫感が消えないことに気付いたのか、リザが苦しげな息を吐く。
「…んっ、やだ…、一回抜いて…っ」
「いやだね」
結合部を深めるために腰と腰とを密着させると、どちらから溢れたのか分からない白濁としたものがぐちゃりと粘着質な音を立てる。
一度達した体にはわずかな動きでも相当な刺激になるらしく、腰を軽く揺らすだけでリザは背をしならせた。
「…だめ…っ、たいさ…っ」
「え?」
「……え?」
まるで快楽から逃げようとするように、懸命に私の胸を両手で押し返すリザが放った言葉に思考が止まる。
首や胸への愛撫がぴたりと止まったことに気付いたのか、リザが目を開けて不思議そうに私を見上げた。
「リザ、今、大佐って…」
その呼び名をリザの口から聞いたのは、ずいぶんと久しぶりだ。
「…あ、の…」
「今、君に大佐って呼ばれた」
「え…?」
リザは嫌がったけれど、サイドテーブルの明かりを消さなくて良かったと心底思う。
何が起きたのかようやく把握したらしいリザが耳や首までを真っ赤に染める姿を見逃すところだった。
「今さら君が私のことを間違えるなんてな」
「ご、ごめんなさい…っ!」
わざと傷付いた声を出すと、真面目なリザは私にからかわれているのにも気付かず健気に謝る。
リザが次にどんな表情をするか、どんな声を出すのか簡単に分かるほどに知り尽くしているというのに、リザの言動はいつまでも私を飽きさせず新鮮だ。
それどころか、恥ずかしさのあまり目が潤んでいるリザの姿を見ていると、今だに初恋の少年が抱くような甘酸っぱい気持ちにさせられる。
「いいや、もしかして、私の呼び名ではなくて、私と誰かを間違えたのかな?君は私の奥さんで、子供までいる母親だというのに、何処ぞの大佐と浮気か」
「そんな訳ないじゃないですか…」
「私の妻にあんなに悩ましい声を出させる大佐は、さて、どこの誰かな」
「…あなたの気が済むまで謝るので、もうからかわないでください…」
白い腕が背中に絡みついてきたかと思えば、赤く染まった顔を隠すように、リザは私の肩にそっと顔を埋めた。
「…私、実は…」
熱くなった頬を私の首に押し当てながら、蚊の鳴くような声で打ち明けたリザの告白に、私は場にそぐわない笑い声を上げてしまった。



リザは「あなたにそっくりです」なんて言いながら愛おしそうに黒髪を撫でるけれど、私ではなくリザによく似ていると思う。
丸くて大きな瞳に見上げられると抱き締めなくてはいられないほど愛らしく、私に似ていたら、このように人形のように可愛らしく育つはずがないと思うのだ。
今、息子はベッドの横に立ち、眠るリザをじっと覗き込んでいる。
リザの顔のすぐ横には、先ほど息子が自分の部屋からせっせと運んだものたちが並んでいる。
私が作った熊のぬいぐるみ、リザがいつも寝る前に読んであげている絵本、お気に入りの車のおもちゃ。
リザの頭痛が早く治るようにと、まるでお供え物のように息子は自分の大事なものをここに並べたのだ。
「リザは昔から、たまにこういう風に頭が痛くなるんだ。薬を飲んで寝れば治るから心配はいらないよ」
言い聞かせても無駄だとは分かっている。
昔、頭痛に苦しむリザを前にして狼狽えて、ろくに看病できないくせに寝室をうろつき、そして大袈裟なまでに心配してリザを呆れさせていたものだ。
大人の私がああだったのだから、まだ幼い息子に母親を心配するなと言っても理解するのは難しいだろう。
「私は大丈夫だからパパと遊んでいてくれる?」と眠る前にリザに言われていたけれど、息子はリザの側から離れる様子は見せない。
「ねえ、ねえ、パパ」
「ん?どうした?」
ベッドの枕元に置いた椅子に腰掛けていた私のシャツを、息子の小さな手がぐいと引っ張る。
「あのね、ママに『たいさ』をあげたいの」
「…む?」
突拍子もない息子の言葉に首を傾げる。
「ママが好きって言ってたから。ここに『たいさ』も置いたら、ママすぐに元気になるかなあ」
出会ったばかりの頃のリザを彷彿とさせる大きくて真ん丸で、そして純粋な瞳に見つめられながら、この前の夜のリザの言葉をふと思い出す。
ーーあの子の前でも、寝ぼけてあなたのことを「大佐」と言い間違えてしまって
息子が何を言っているのかに気付いて、思わず吹き出してしまいそうになる。
「でも僕、『たいさ』を持ってないから。パパはお部屋にある?」
病人のリザがすぐ横で寝ているし、そして真剣な息子の手前、大笑いするのは何とか避けられたものの、顔がにやつくのは止められない。
くつくつと笑いながら、息子を膝の上に抱き上げる。
「うん、パパは持っているぞ。部屋に取りに行かなくても、きちんとここにある」
「本当?ねえパパ、『たいさ』って、なあに?」
「今度、ママがいないところでこっそり教えてあげよう」
私と同じ色をした黒髪をひとしきり撫でたあと、男同士で秘密の指切りげんまんをする。
「そうかそうか。ママは『たいさ』のことを好きって言っていたんだな」
「うん!大好きって言っていたよ!」
「『たいさ』もいるし、何よりお前がいるからね、ママはすぐに元気になるぞ」
この場面でリザが起きていたら面白かったのにと残念に思いながら、腕の中の無邪気な宝物を抱き締めた。





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